
※この論考は2025年1月29日の< Managing China Without War: The U.S. Strategic Turn and Taiwan’s Security Dilemma>の翻訳です。
近年の中国の軍事動向や地域安全保障リスクに関する多くの議論においては、中国人民解放軍の幹部人事再編、反腐敗運動、軍の内部統制に焦点が当てられてきた。中国の中央軍事委員会の上級幹部による「重大な規律違反」の調査が繰り返される事態について、遠藤誉教授は、単なる派閥政治の一幕として矮小化されるべきではないと指摘する。むしろこれは、中国人民解放軍が抱える根深い構造的腐敗と制度の欠陥を露呈しているのだ。同氏はまた、日本のメディアや政策コミュニティの一部はこうした動きを単純にとらえすぎだと批判している。汚職が軍事現代化や国家の大規模な戦略遂行能力に及ぼす長期的なダメージを過小評価しているというのだ(中国の中央軍事委員会要人失脚は何を物語るのか?)。
これらの考察は、中国が抱える内政上の制約や人民解放軍の制度的構造を理解するための分析として重要な意味を持つ。遠藤教授は長年にわたり、米中関係、中国の軍事体制の変遷、台湾問題について膨大かつ多面的な研究を積み重ねてきた。これには習近平指導下の戦略的思考に関する緻密な検証も含まれる。同氏の研究は、現代中国における政治統制、軍事改革、戦略的方向性の相互作用を分析する上で重要な基盤になる。
こうした既存の研究の流れを踏まえ、本稿では分析の焦点を広げて補足を行いたい。本稿は、より詳細な考察に値する別の側面、すなわち米国がどのように中国関連のリスクを概念化し、対応しているか、その漸進的な変容に注目する。このような観点から見ると、中国国内の動きと合わせて、対外的な脅威への対応の変化が、広い地域の安全保障環境や台湾の戦略的な状況を形作っていることが理解できる。
I. 米国の戦略的転換の核心:戦争はもはや第一の選択肢ではない
米国の対中安全保障論は長年にわたり、「潜在的な軍事的脅威」という論理を中心に構築されてきた。インド太平洋における軍事態勢、同盟抑止力、台湾政策のいずれにおいても、主な目的は紛争の拡大を防ぐことだった。しかし近年、米国の国家安全保障戦略と関連政策文書には一貫して(ただし見過ごされがちな)変化が見られる。「直接的な軍事的脅威」という表現を意図的に減らし、代わりに経済安全保障、サプライチェーン再構築、技術競争、制度上の協力体制構築を強調するようになったのだ。
これは危機感の低下を表しているわけではない。これはより慎重で、長期的な視野に立ったもので、体制的な視点に基づいた選択である。関税、産業政策、投資審査、技術規制、同盟国間の協調により、重要産業における中国の力や制度的影響力の拡大を着実に弱めることができれば、戦争そのものは不要であり戦略的に合理的でもないとの見方が共通認識として米国で広がりつつある。
言い換えれば、米国政府は抑止力を放棄したのではなく、「脅威の管理」を高リスクで不可逆的な軍事的対決から、累積的で調整可能な多国間の領域、つまり制度と政治経済に移行させているのだ。これは「競争の非戦争化」とも呼べる論理であり、紛争リスクを否定するのではなく、紛争拡大のコストを意図的に引き上げて戦略的魅力をなくすことを意味している。
「脅威を名指ししない」こと自体が戦略的シグナル
この文脈において、米国が政策文書で中国を「軍事的脅威」と明言するのを避けている傾向は単なるレトリックではない。これは計算されたシグナルであり、少なくとも3つの効果がある。
第一に、戦争を最終手段とするゼロサム的な構図の対立を回避し、中国政府への政治的圧力を軽減することで、ナショナリズムや安全保障上の不安に駆られた中国が「行動」に踏み切ることを防ぐ。
第二に、制度的・経済的・技術的領域で駆け引きをする余地を残すことで、競争を短期決戦ではなく管理可能な消耗戦へと転換させる。
第三に、軍を動かすという賭けに出るのではなくルールを設定する者として戦略的主導権を握り続けることで、危機意識によるエスカレーションではなく、規範、ネットワーク、体系的な影響力を優先できる。
その意味するところは明白だ。世界の主要な国家や組織が制度的手段を通じて国際情勢を主導する場合、武力衝突への一方的なエスカレーションは裏目に出るだろう。エスカレーションさせた側は正当性を失い、ルールや同盟が物を言う幅広い舞台で行動の余地が狭まってしまう。
台湾の構造的ジレンマ:脅威を完全には他者に委ねられない
だが問題は、台湾が米国の手法を完全には真似できないことにある。米国にとって中国は「管理」すべき長期的な競争相手だ。台湾にとって中国は近距離で即時に軍事力を動員しかねない唯一の存在であり、台湾は中国政府の主権に関するナラティブや強制手段の明確な標的となっている。この立場の違いゆえに、台湾は制度間競争の周辺に位置するとしても、自らの安全保障をいかなる制度や同盟国にも委ねることはできない。
したがって、台湾は脅威の評価で同時に2つの力に直面している。一方で、軍事的抑止力は依然として安全保障の不可欠な基盤である。地理的・政治的現実は変化していないため、戦争のリスクが自然に後退したと想定するのは無責任だろう。もう一方では、並行する現実を認識しなければならない。主要な競争の場が制度や政治経済に移行し、それに伴って戦争の動機は構造的に縮小しつつある。
こうした状況下では、「台湾有事はますます容易に想定できる」と「台湾有事の正当化は難しくなっている」という2つの見解が共存し得る。軍事力の拡大でリスクが現実のものであり続ける一方、制度的コスト、国際社会の反応、長期的戦略競争の論理を鑑みれば、武力行使の見返りは減少する。
II. 台湾の3つの優先政策課題:軍事・制度・ナラティブ戦略の連携
米国の対中政策が軍事的脅威の管理から制度的消耗戦に移行するなら、台湾は「戦争が勃発するか否か」だけを安全保障の指標にはできない。現実的には、戦争の動機が縮小しつつあるとはいえ依然として脅威がある中で、抑止力、時間的猶予、国際社会の受容を同時に実現する最善の優先事項は何か?
台湾の安全保障態勢は、以下の3つのレベルで同時に進める必要があり、いずれも他で補うことはできない。
1)軍事レベル:全面防衛を理想とするのを止め、敵に代償の覚悟を問う精密抑止へ
軍事力が基盤であることに変わりはない。しかし、その戦略的役割はもはや漠然とした直接対決での勝利や包括的衛ではなく、あらゆる形態の軍事行動を確実に高リスク・低リターンにすることにある。重要なのは規模や目を引く大型兵器ではなく、分散、生存性、即応性に焦点を置くことだ。危機がエスカレートすれば、制御も封じ込めも「安全な」管理も困難になる。
この論理のポイントは、単に台湾が戦えるかどうかではなく、敵がその代償を許容できるかどうかにある。この不確実性こそが、現代の抑止力を支える根幹だ。
2)制度レベル:守られるばかりではなく、制度間競争の最前線に加わる
主要な国家や組織が競争の場を制度、政治経済、技術に移行した場合、守られているばかりでは、台湾は周辺に追いやられるリスクがある。台湾はむしろ、制度間競争において代替不可能な存在にならなければならない。信頼性、透明性、ルール適合性を基盤とする価値ある存在になるのだ。
これには例えば、サプライチェーンの信頼性、規制の予測可能性、新しい技術に対するガバナンス、民主的意思決定という制度的信頼性などがある。制度自体が一種の安全資本であって、これにより台湾は純粋な軍事領域外で戦略的価値を蓄積できる。この価値は同盟国やパートナー国が容易には無視できないものだ。
したがって、制度は抑止力に取って代わるものではなくとも、時間を引き延ばし、代償を高くし、行動に打って出る意欲を減じる働きがある。
3)ナラティブ・レベル:「紛争の引き金」というレッテルを剥がし、「安定の錨」になる
3つ目は過小評価されがちだが、ナラティブ戦略だ。米国政府が軍事的脅威という表現を意図的に控え、制度間競争に軸足を移す中、台湾を大国間戦争の「火種」として煽るようなナラティブは、制度間競争における台湾の立場を意図せず弱めかねない。
台湾には、戦争を想起させるのではなく、戦争の正当性を減じるナラティブ戦略が必要だ。紛争の導火線としてではなく、地域の秩序の安定化要因として、また制度的信頼性に不可欠な存在として自らを位置付ける必要がある。
ナラティブはプロパガンダではなく、他の国家や組織がリスクをはかる場だ。台湾が制度的安定を構成する存在として広く認識されれば、現状を一方的に覆そうとするいかなる試みもその政治的・制度的コストは高くつく。事態のエスカレーションに伴う現実的なリスクを考える上で、このコストは重要だ。
III. 結論:台湾の安全保障は戦争を予測することではなく、時間を稼ぐことにある
注目すべきは、特定の人物の粛清が短期的に見て戦争の勃発確率を左右するかどうかではない。より深い問題は、戦争が依然として許容可能な戦略的手段と見なされているかどうかだ。中国人民解放軍の体制の見直しは、国内の安定、外部の制度的圧力、戦略的選択肢の間で進められている調整を反映している。
台湾の中心的課題は、紛争の正確な時期を予測することではない。あらゆるリスクを「戦争か否か」という二元論に集約することなく、軍事的抑止力と制度間競争の戦略的均衡を維持することだ。軍事力によってリスク管理の最低ラインを定義し、制度によって時間的猶予を広げる。台湾の安全保障は結局のところ、その時間的猶予、つまり戦争することに見返りも正当性もない期間を維持できるかどうかにかかっている。
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