
歴史的事実から見て、日本敗戦後の中国(中華民国)」において戦われた国共内戦(解放戦争、革命戦争)はまだ終わっておらず、休戦協定ももちろんない。
そのことを証明するために、毛沢東は1958年、「金門島」を占領できたのに、わざと途中で手を退き、「国共内戦、未だやまず」の標識として世界に示すという、長期的戦略に出ていた(中国では「中国人民解放軍が占領すること」を「解放」と言うので、このあとは「解放」という言葉を使う)。
なぜそのような手段に出たかというと、1953年に休戦協定を締結した朝鮮戦争により、アメリカが1958年に「二つの中国」を台湾に宣言させようとしたからだ。
しかし「アメリカの支配下に置かれたくない蒋介石」は「二つの中国」宣言を忌避(きひ)した。
この時点で毛沢東と蒋介石という国共両軍の両巨頭の心情が一致していた。
中国にとって台湾は国共内戦でまだ解放されていない区域であり、完全に「中国の内政問題」だと認識している。
その意味で台湾有事に関する高市発言(国会答弁)は、結果的に良いか悪いかは別として、歴史に対する認識と外交的戦略性に欠けていると言わざるを得ない。
◆金門島をわざと陥落させなかった毛沢東の長期戦略
毛沢東が中華人民共和国(現在の中国=共産中国)誕生を宣言したのは1949年10月1日だが、そのときにまだ「未解放」の区域がいくつかあった。台湾はもとより、海南島や金門島などもその中の一つだ。海南島は1950年4月30日に解放されたが、台湾と金門島は未解放だった。
金門島に関しては、まだ国民党軍が残っていたので、1949年10月25日に中国人民解放軍が攻撃を始めたが敗退した。そこで1958年8月23日に再攻撃したのだが、このプロセスが興味深い。
なぜこの時期に再攻撃したかというと、1957年1月5日にアメリカのアイゼンハワー大統領が発表したアイゼンハワー・ドクトリンに「二つの中国」の含意が内在していたからである。
というのも、1949年12月に国共内戦に敗れて台湾に「遷都」した蒋介石は、1950年の朝鮮戦争で息を吹き返し、アメリカの打倒共産圏の足場の一つになっていた。しかし1953年に朝鮮戦争が休戦してしまうと、アメリカにとって台湾の重要性は低くなった。蒋介石は共産中国を打倒するために、何としてもアメリカと軍事同盟を結びたかったが、アメリカとしては、まだ国共内戦は終わっていないので紛争中の国家と軍事同盟を結ぶわけにはいかない。朝鮮戦争で中共軍の国民党軍支配地域への攻撃は一時やんでいたが、国共内戦は継続したままである。
台湾にいる蒋介石の国民党政府と軍事同盟を結べば、アメリカは自ずと毛沢東率いる共産中国と戦争をしなければならないことになる。しかし朝鮮戦争でアメリカは中国人民志願軍に勝つことはできなかった。
そこで1953年1月にアメリカ大統領に就任していたアイゼンハワーは、「二つの中国」を主張し、共産中国と縁を切るなら米華軍事同盟を結んでもいいと、蒋介石の要求に条件を付けた。
しかし、何としても大陸を奪還したいと必死だった蒋介石にとっては受け入れがたい条件である。そこで毛沢東が台湾を攻撃した時にのみアメリカに防衛してもらう「米華相互防衛条約」という「防衛」に重きを置いた条約を1954年12月2日に締結する。ただし、米国の防衛義務の範囲は「台湾および澎湖諸島」に限定しており、大陸の東沿岸に点在する島嶼は、金門・馬祖を含めて対象から外されている。アメリカは共産中国との戦争に巻き込まれたくないという強い意志を持っていたからだ。
その結果、前述したように1957年1月に発布されたアイゼンハワー・ドクトリンは基軸に「二つの中国」方針を含んでいた。
これは蒋介石には受け入れられない条件だった。
なぜなら蒋介石は「中華民国」の「戦時首都」を台北に置き、何としても5年以内に大陸を奪還しようと「大陸反攻」を決意していたからだ。すなわち「中国統一」に最後の政治生命を懸けていたのである。
一方、毛沢東は米華相互防衛条約であれアイゼンハワー・ドクトリンであれ、アイゼンハワーが「二つの中国」論で極東に防共ラインを張ろうとしていたのを十分に承知しているので、「国共内戦は未だ継続中」ということをアメリカに見せつけるために、1958年8月23日に金門島攻撃に出る。
そして、あと一歩で金門島解放に近づいてところで毛沢東は、突然、前線に退去しろという命令を出した。
金門島を解放せず、紛争が継続している状況をアメリカに見せて、「国共内戦、未だやまず」というシグナルをアメリカに送り続けるというのが毛沢東の戦略だった。
「二つの中国」を絶対に認めないということをアイゼンハワーに思い知らせるのが目的だ。
一方の蒋介石も「大陸反攻」により「中国統一」を成し遂げるという執念に燃えていたので、この時点で毛沢東と蒋介石の政治目標は「中国統一」という点において一致していた。
1987年に中国軍事科学院軍事歴史研究部が軍事科学出版社から出版した『中国人民解放軍戦史』は当時の毛沢東の長期的戦略を詳述している。2002年には『中国人民解放軍戦史教程』という形で出版され、教材用として使用されている。したがって中国においては「日本敗戦後の国共内戦はまだ終わってない」というのが全国民の認識だ。
中国にとって台湾は、その「未だ終わっていない国共内戦の象徴」なのである
◆台湾における「金門・馬祖」放棄論
もっとも、1971年10月の共産中国が「中国を代表する国は中華人民共和国しかない」という「一つの中国」を主張して国連に加盟し、「中国の代表」として「中華民国」が国連から脱退したことや1975年の蒋介石の他界などにより、金門島の位置づけは変わってきている。
1979年に米議会で可決された「台湾関係法」にも台湾や澎湖諸島は含まれているが、金門島や馬祖島は対象から外されている。
一方、台湾で初めて行われた選挙において勝利した李登輝総統は、1991年に蒋介石の「大陸反攻」を放棄し、1994年には台湾の民進党が「金門馬祖放棄論」を唱えた。以来、台湾では「金門・馬祖放棄論」が主流を占めるようになったが、かといって完全に放棄したわけではなく、国民党軍の撤退が徐々に進んできただけだ。
特に2018年8月5日には、大陸側から金門島に水道水を供給する海底パイプラインの開通式典が挙行されてからは、果たして金門島が「中華民国」の領土なのか「中華人民共和国」の領土なのか、その選別が視覚的にも不鮮明になっている。1992年の戒厳令解除後は、金門島には中国大陸からの観光客が溢れ、中華民国(台湾)の国旗と中国大陸の国旗が並んで掲げてある商店街が賑わい、人民元も流通している。台湾国内では「中華民国」国内法(台湾地区と大陸地区の人民関係条例)で、一応台湾地区の定義として「台湾、澎湖、金門、馬祖」などが含まれているが、金門島では実際、混然一体となっているのが現状だ。
◆台湾との「融合発展」を目指していた習近平
12月20日の論考<チャチな「中国軍号」日本叩きの正体――「融メディア」>では「融合発展」という言葉が頻出しているが、この「融合発展」は台湾問題に関しても実行されているのが中国の現状だった。
拙著『嗤(わら)う習近平の白い牙』の【第三章 習近平は台湾をどうするつもりか?】(p.62~p.97)の【三 習近平が描く「平和統一」の青写真】で描いたように、台湾問題に関しても2023年辺りから中国では「両岸融合発展」構想が満ち溢れていた。図表に示したのは、2023年6月17日に開催された「両岸融合発展論壇(フォーラム)」の一場面である。
図表:中国大陸政府と台湾との間で開催された「両岸融合発展論壇」

中国の中央テレビ局CCTVより転載
習近平の指示に従い、中共中央・国務院は2023年9月12日に「両岸の融合的発展に関する意見」を発表しており、「融合発展」を軸として、毛沢東の遺訓である「金門島」に象徴される長期的大戦略を、いよいよ実行に移そうとしていた矢先だ。
「高市発言」には、こういった一連の認識が欠けているのではないだろうか。
仮に認識しているのだとすれば、中国の台湾に対する位置づけを、「台湾有事には自衛隊が出動する可能性がある」という形で、自衛隊のトップに立っている総理大臣として国会でストレートに答弁することが賢い外交戦略か否かということは考える必要があるだろう。
それによって日本国民がどれだけ得をしたかという視点に立った時、得をしたのはタカ派の若者たちの支持率を上げるという結果を招いた高市総理であって、日本国全体として得をした要素があるとは思いにくい。強かな戦略があるのなら、密かに進めていくのが外交ではないだろうか。
「高市発言」が、どれほど習近平の逆鱗に触れたか知るべきだろう。中華民族の100年近くにわたる国共内戦へのこだわりを無視するのは賢明ではない。民族には民族の戦いがある。それは完全に内政干渉でしかない。
日本の防衛力を高めるのは悪いことではないが、「台湾有事」を口実にするのは賢明ではない。自民党執行部の萩生田氏がまた訪台したようだが、その目的は何か、深い戦略性と思慮がなくてはならない。
日本国民が求めているのは経済的に豊かな日本、技術力の高い日本であり、外交に深い洞察を持った安定した戦略性である。
高市総理および高市政権には、国際社会の神髄を見る眼力を、なおいっそう養うことが求められる。
なお、朝鮮戦争勃発により国共内戦が中断されたまま、あまりに長い年月が経ち過ぎ、台湾には国共内戦を知らない新しい世代が台湾で生まれ、新たな台湾アイデンティティを持つようになったのも事実だ。本稿では、「中国にとって台湾とは何か」という視点を「金門島」を通して考察したのみで、一本の論考に全てを盛り込むわけにはいかないことをご理解いただければ幸いである。
この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
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