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チャチな「中国軍号」日本叩きの正体――「融メディア」
中国軍号のXページから転載

この話題には触れるのさえいやだが、中国人民解放軍のアカウント「中国軍号」がXに投稿する日本叩きの品性のなさとレベルの低さには目に余るものがある。

あまりにチャチなので、逆に「何かおかしい」という疑念が湧き、その正体を追跡してみたところ、ようやく何が起きているのかが見えてきた。

◆第18回党大会で習近平が指示した「融メディア(新メディア)」

中国では近年、「融媒体」とか「新媒体」といった言葉が流行っている。「媒体」は「メディア」という意味なので、日本語的には「融メディア」あるいは「新メディア」となる。ここでは一応「融メディア」で統一する。

これは何かというと、いわゆるオールド・メディアでは固すぎるので、若者向けに動画や漫画を使った中国共産党と中国政府の宣伝をしていこうという旨のことが2012年11月の第18回党大会で決定された。その後、海外向けの情報発信にもソフトなムードで発信し、世界の情報空間で中国共産党のプロパガンダを行うという方向に発展していった。

このことに関して、たとえば中共中央の「求是網」は2023年6月21日、<メディア融合発展国家戦略を加速させよう――習近平総書記のメディア融合発展推進移管する重要論述を学習>という見出しで、「融メディア」の重要性を滔々(とうとう)と述べている。「求是網」は中共中央の機関雑誌『求是』を2009年にオンライン化した「求是理論網」で、2014年8月15日に習近平指導部が「求是網」と改名したものだ。

なぜ2012年の習近平第一期に「融メディア」が出現したかというと、3日前の12月17日の論考<中国ではなぜ反日デモが起きないのか?>で書いた2012年9月の反日デモに懲(こ)りたからだ。

反政府デモに転換していった2012年9月の反日デモに参加したのは主として若者たち。1980年以降に生まれた「80后(バーリンホウ)」が多く、その99%は日本のアニメ(動画)や漫画に夢中になって育っている。筆者は彼らを「中国動漫新人類」と名付け、2008年に『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』という本を出版したことがある。

習近平が恐れたのは、この日本の動漫が大好きな「80后」たちだった。

「中国共産党がいかに偉大か」というプロパガンダを、厳格な堅苦しい文章で宣伝しても誰も読まないし、「80后」たちはそもそもテレビさえ観ない。つまり中共中央宣伝部が管轄する中央テレビ局CCTVを観ないのである。スマホでネットを見るだけだ。

そこで、最初は国内の若者たちに「中国共産党がいかに素晴らしいか」を視覚的に植え込むために「融メディア」が活用された。それがだんだんと海外向けのプロパガンダに発展していったのは、世界各国に設立した中国共産党プロパガンダ機関である「孔子学院」を、アメリカをはじめとした西側諸国が閉鎖し始めたからだということも一因としてある。

そのため海外に向けた発信は、SNS(X、YouTube、Facebookなど)が主力になっていった。

問題はここからだ。

◆若者を惹きつけるためだけの中国国内向けSNS

中国の若者を惹きつけるにはどうすればいいのかは、若者しか分からない。

しかつめらしい指導的立場にある年配には、動漫新人類のような若者感覚など分かろうはずもないし、そもそもSNSといった技術的なことも得意ではない。

そこで、結果として実際に情報発信する担当者は「若者」ということになる。

「若者担当者」が、中国国内のさらに若い連中の注目を集めようとするあまり、ともかく「目立ちさえすれば、いい」という感覚で、ビリビリ(bilibili、哔哩哔哩)という動画サイトから発信したりする。

たとえば2024年5月11日にビリビリで公開した中国海事局の動画<海事(局)に来て2年、やっと上司が私にオフィシャル・アカウントをくれたよ>は今もすさまじい人気で、全てのウェブサイトでアクセス・ランキング1位を持続している(再生数:1560.9万)。リンク先をクリックして頂ければ、その「ふざけ方」がわかるが、その中の一場面を図表1に示す。

図表1:中国海事局が投稿したビリビリ動画の一場面

ビリビリ動画のスクリーンショット

どうやら、この「乗り」のまま、海外にも発信しているようだ。

しかもこの「融メディア」姿勢は、中国官側のほぼすべてのネット発信に共通しているということがわかった。

◆中国軍号が発信するXの正体

11月23日の論考<中国の「高市非難風刺画」は「吉田茂・岸信介」非難風刺画と同じ――そこから見える中国の本気度>の【図表1:「中国軍号」がXに投稿した高市総理の風刺画】を発信しているのは中国人民解放軍のアカウントChina Military Bugleで、このアカウントは2024年9月に作られたものであることが書いてある。つまり、つい最近、その職に就いて、X投稿を始めたばかりだということがわかる。それを示したのが図表2だ。

図表2:中国軍号の発信者のXアカウント

中国軍号のXのスクリーンショットを転載し、筆者が赤下線を付加した

もう一度、11月23日の論考<中国の「高市非難風刺画」は「吉田茂・岸信介」非難風刺画と同じ――そこから見える中国の本気度>の【図表1:「中国軍号」がXに投稿した高市総理の風刺画】や【図表2:駐フィリピン中国大使館がXに投稿した高市非難風刺画】を詳細にご覧いただきた。それぞれの図表に「CGTN」とか「中国新聞網」といった「出典」が書いてある。

つまり、中国軍号のアカウントChina Military Bugleや駐フィリピン大使館などは、主として「CGTN」や「中国新聞網」からの図表を転載していることがわかる。

では、「CGTN」や「中国新聞網」の風刺画作成を担当しているのは誰だろうか?

まず「CGTN」というのは何かというと、2016年に設立されたChina Global Television Networkの頭文字を取ったもので、中央電視台(CCTV)に所属する全世界に向けた中国の国際報道機関である。習近平が2016年2月に、「全てのメディアは党によって統制されていなければならない」と言ったのを受けて設立されたものだ。

この「CGTN」のサイトに発表された風刺画を見ると、右上にFrontlineというマークがある。

このFrontlineのXアカウントは、2019年11月からXを利用していることが見て取れる。Frontlineは、自らを「CGTN記者団」と称して、官側の言葉ではなくソフトムードで「互いにファンとしてフォローしあいましょうね!」と書いている。それを図表3に示す。

図表3:CGTN記者団FrontlineのXアカウント

CGTNのFrontlineのX画面を転載し、赤下線は筆者が付加

まさに「融メディア」を具現化した書き方そのものだ。

ここが高市総理に関する風刺画などを発信している。

一方、「中国新聞網」が発信している風刺画を見てみると、そのオリジナルは「AI漫評」という部署が発信している。リンク先の画面右側に作者名として「东篱下创意工作室」と明記してある。それを図表4に示す。

図表4:高市総理の風刺画を制作している中国新聞網の「AI漫評」サイト

中国新聞網の「AI漫評」の画面を転載し、筆者が作者名を赤で囲んで拡大して示した

図表4は「中国新聞網」の「AI漫評」(中新AI)の「东篱下创意工作室」(東籬下創意工作室)という部署が高市総理の風刺画のAI画像を制作しているということを示している。

ようやく、「原典」に近づくことができた。

ではこの「东篱下创意工作室」はどのような性格を持った部署であるかを調べてみると、遂に媒体融合新常态下中新社融合路径探索与实践 – 中国记协网(メディア融合新常態における中国新聞網の融合経路の探求と実践)という情報にたどり着けた。

そこにはいかに「融合メディア」という中国政府の大方針の下、中国新聞社(中国新聞網の新聞社)が、ネットのインフルエンサー的役割を果たすために、「若者の記者による工作室」を大量に作っているかが強調してある。その内の一つがこの「东篱下创意工作室」だとのことだ。

どおりで、中国政府として発信するにはあまりにお粗末でチャチではないかというイメージを与えるはずだ。高市総理攻撃のための風刺画は、「融メディア」政策に沿った、若者の注意を引くための画像を、若者たちが制作しているということが判明したのである。

◆CCTVが用いた「奉示召見」の意味合い

今年11月14日に日本の金杉大使が中国の孫衛東・外交部副部長(外務次官)に呼び出された際に、CCTVは、外交部の発表に沿って「奉示召見」という表現を使いて報道したが、今般の「融メディア」分析によって、この意味合いが明確になってくる。

「奉示召見」というのは「非常に高位の人物の命令により召喚する」という意味で、これは実際上、「融メディア」的な乗りではなく、「習近平国家主席という最高位の人物による命令である」ということを強調している言葉だ。

このような外交用語で表現したのは、中国でも初めてのことなので、中国のネットでは試験問題として扱われているケースが数多く見られるほどだ。

 

以上の考察から、中国のネットにける日本叩きの風刺画や短文などは「融メディア」の表われだということが判明した。この考察が、中国の現状を知るための一助になれば幸いである。

なお、11月23日の論考<中国の「高市非難風刺画」は「吉田茂・岸信介」非難風刺画と同じ――そこから見える中国の本気度>は、あくまでも今般の高市発言の背後に「アメリカが存在するか否か」を考察したもので、その目的のために、中国建国以来の風刺画を相対的に比較することができ、「中国軍号」などの風刺画分析は役に立った。つまり今起きている高市発言をめぐる日中相克の背後には、「トランプ2.0におけるトランプの対中姿勢と高市総理の対中姿勢の間にある乖離」が大きなファクターになっていることを論じたものである。これに関しては12月19日に発売された月刊Hanadaに『高市政権の対中姿勢はトランプと真逆』というタイトルで論を張った。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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