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みごとな高市外交! 一方中国はASEAN自由貿易協定3.0に調印し、したたか
来日したトランプ大統領と高市総理(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

高市早苗総理のトランプ大統領との「安倍元総理を前面に押し出した」会談および細部にわたるきめ細やかな対応は、「みごと!」というほかない。華麗で完璧だった。高市総理ならではの気配りと工夫が満ち溢れていて、彼女の底力を遺憾なく発揮したと思う。自民党総裁候補の誰が総裁になったとしても、また総理候補の誰が総理に当選したとしても、彼女以上の外交手腕を発揮できる人は一人もいなかったと言っていいだろう。

それくらい「みごと」だった。

トランプ大統領はまたしっかりと実利外交を展開し、高市総理主催の晩餐会の代わりに、日本の投資家を呼び込む晩餐会を自ら主催したというのも、なんとも天晴れだ。 

日米関係の緊密さを習近平国家主席に見せつけて明日の米中首脳会談へのプレッシャーをかけ、アメリカに有利に持って行こうという計算は見え見えだが、これもまた、「みごと」なものだという印象を持つ。

ところが一方、中国もそのまま指をくわえているわけではない。日米両国首脳が足早に去っていったマレーシアのASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議で、なんと中国・ASEAN間の自由貿易協定(FTA)3.0「ACFTA(中国ASEAN自由貿易協定)3.0」に新たに調印していたのである。どんなに日本が「自由で開かれたインド太平洋戦略」による「法の支配」を呼び掛けても、それはスローガンであって、ASEAN諸国が実際に動くのは経済だ

中国はそのことを知っている。

特にトランプ関税で苦しみ、「次の瞬間に何が起きるかわからないようなトランプ政権」よりも、さまざまな問題は抱えているにせよ、「安定した貿易関係の秩序は少なくとも保てる習近平政権」を選んでいるということになろうか。

安全保障問題を前面に出す日本と、経済貿易で実を取る中国。

最後に笑うのは誰か・・・。

◆ASEAN首脳会議における日米中の日程から見える「からくり」

高市総理もマレーシアに飛びASEAN首脳会議に出席しているし、トランプ大統領もマレーシアに行き、ASEAN首脳会議に出席している。それでいて、二人はマレーシアでは顔を合わせていない。

あれ?

何がどうなっているんだろう?

まず、そのことを不思議に思った。そこで細かなスケジュールを調べてみたところ、クアラルンプールにある同じ会議センター周辺に同時にいながら、「マレーシアでは絶対に高市・トランプ両首脳は会わないように」、アクロバット的工夫が凝らされていたことに気が付いた。

その計算しつくされた日程表を、したたかな中国の存在も含めながら作成してみたところ、図表1のようになった。但し高市総理のマレーシア到着時間に関しては官邸のウェブサイトにもないので、25日20:11(現地19:11)の共同通信の【速報】高市首相がマレーシアに到着|47NEWS(よんななニュース)に基づいて「夜7時頃」とした。またトランプ大統領の日程表に関してはRoll Callにあるホワイトハウス・カレンダーDonald J. Trump President’s Public Scheduleに準じた。李強の日程に関しては細かな時間の発表がないし、また本稿の関心事でもないので省いた。

図表1:ASEAN首脳会議をめぐる日米中首脳の日程

公開された情報に基づき筆者作成

図表1をじっくり眺めていただくと、高市総理とトランプ大統領のASEAN首脳会議参加に関する、絶妙なタイミングのズレを見出すことができる。

まず黄色に染めた「26日午前中」に注目していただきたい。トランプ大統領が、ASEAN首脳会議が行われるクアラルンプール・コンベンションセンター(会議センター)に到着しているのに、高市総理は午前中動かずにホテルに身を潜め、午後になって16:10に「日本・ASEAN首脳会議」が始まるまで、会議センターには近づかないように工夫されている。なぜなら、そこにはトランプ大統領がいるからだ。

16日の16:10以降は、高市総理は会議センターにいるが、トランプ大統領も同じ会議センターにいるのに、別の会場でブラジル大統領と会談したあと、早々に会議センターをあとにして、ホテルに帰ってしまった。

高市総理は深夜遅くに日本に帰国してしまい、トランプ大統領は27日の午前中になって、ようやくマレーシアを離れるという細心の工夫。クアラルンプールの空港で鉢合わせしないようにするためだろう。

加えて、ホワイトハウスの涙ぐましいほどの細工を見てほしい。

図表1のトランプ大統領の列に赤文字で示したが、14:10に米・ASEAN会議の集合写真が撮影されているのに、これが公開されたのは20:12。高市・トランプ両人とも、同時間に同じ会議センターにいましたよ、という印象があまり深まらないように工夫されている(ように映る)。

こうしてめでたく、28日に「やあ!日本へようこそ!」という「高市トランプ初対面」が、みごとに演出されたわけだ。この演出により冒頭に述べた華麗な高市外交が展開されたので、筆者を含めた日本国民に感動を与え、すっかり高市外交の虜になってしまう結果を招いている。

これら全ての演出のためには、アメリカもASEAN諸国、特に輪番主催国であるマレーシアは限りない協力を惜しまなかったということになろうか。

◆中国・ASEAN自由貿易協定3.0調印 ASEAN諸国を経済で引き付ける中国

図表1の李強総理の列をご覧になると、日米首脳が去ったあとのマレーシアで、中国が本領を発揮している。何と言っても注目すべきは中国・ASEAN自由貿易協定3.0の調印だ。これは締結国域内の特定の品目に関して、貿易取引において、同協定で定められた特恵関税の適用を受けることができるという仕組みになっている。関税の削減だ。

今年8月28日の論考<「トランプ関税」と習近平「漁夫の利」その2 アフリカ編:ゼロ関税で購買欲刺激、太陽光パネル独壇場>に書いたように、中国は対アフリカ諸国に対する関税は「0%」だが、対ASEAN諸国に対しては平均「0.1%」である。

10月29日の中国共産党機関紙「人民日報」の電子版「人民網」によると、2010年に中国・ASEAN自由貿易協定が発効して以降、中国・ASEAN双方は90%以上の製品で関税ゼロを実現しているとのこと。中国のASEANに対する平均関税は9.8%から0.1%に低下し、旧ASEAN加盟国6カ国(タイ・マレーシア・シンガポール・フィリピン・インドネシア・ブルネイ)による中国に対する平均関税も12.8%から0.6%に低下しているそうだ。

今般の3.0では、関税の大幅新規引下げよりも、「デジタル経済、グリーン経済、サプライチェーンの連結・強靭化、標準・規格の相互承認、衛生検疫、税関・貿易円滑化、競争・消費者保護、中小企業支援、経済技術協力」など9分野における協力となっており、特に「デジタル経済(デジタル支払い・AIなど)」や「グリーン経済(再生可能エネルギーなど)」の分野における協力に重点を置いている。

ASEANが中国との交易にシフトしやすいのは、実はASEANには華僑が多いからだ。世界華商組織聯盟のデータによると、全世界には5323万人の華僑がいて、その内約68%がASEANにいるとのこと。その現状を図表2に示す。多くの問題を抱えながらもASEAN諸国と中国との親和性は高い。

図表2:全世界にいる華僑のASEANにおける比率

世界華商組織聯盟のデータに基づき、グラフは筆者作成

中国との自由貿易協定は、トランプ関税に苦しんでいるASEAN諸国にとって非常に魅力的なもので、トランプ政権のように、「一寸先は闇!」というような、気まぐれな宣告がないので、さまざまな問題を抱えていても、「習近平政権の方が良い」と思っているのが、ASEAN諸国経済人の本音だろう。

「自由で開かれたインド太平洋戦略」という「価値観問題」は、対中包囲網的な安全保障に関わる問題で、それによって国民が豊かになるとは、ASEAN諸国は思っていない。

その辺は適宜、日米に外交辞令的な対応を取りながら、本心では誰もが自国の経済が良くなればそれでいい、少なくともそれが優先事項だと思っている。経済が成長し安定していれば、安全保障にも自ずとつながっていくので、価値観とか国家観とかは二の次だ。それで飯が食っていけるわけではないと思っている国が多いのではないだろうか。

◆ASEAN諸国の対外貿易の対日米中の割合

アメリカは別としても、日本にしても日本・ASEAN自由貿易協定があり、そこでは関税が中国と同じ程度に低く設定されている。しかし図表3に示すように、ASEAN諸国の対外貿易の割合が、日本の場合は中国に比べて非常に低いので、ASEAN諸国はどうしても中国に傾いていく傾向にある。図表3のデータは、ASEAN stats(ASEAN Statistics Division)が発表したASEAN Statistical Highlights 2025と日米中の公式発表データに基づいている。

図表3:ASEAN対外貿易における日米中の割合


ASEAN Statistical Highlights 2025および日米中の公式発表データに基づいて筆者作成

明日の米中首脳会談で、どのような決定がなされるかわからないが、少なくとも日米の安全保障上の緊密な連携が、習近平国家主席にどれくらいのプレッシャーを与えるかは未知数だ。中国としては中国・ASEAN自由貿易協定のさらなる深化により、実体経済で勝負するという心積もりかもしれない。

日本はもう少し、拙著『米中新産業WAR』で取り上げたよう中国が世界一の地位を譲らない新産業分野に関して果敢に挑戦し、抜本的改革を進めていくといいのではないだろうか。高市総理はASEANでも非常な好意を以て受け止められているので、高市外交が良い果実を実らせることを期待したい。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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