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わずか1カ月
U.S. President Donald Trump in the Oval Office of the White House(写真:ロイター/アフロ)
U.S. President Donald Trump in the Oval Office of the White House(写真:ロイター/アフロ)

ど派手なショー

ドナルド・トランプ氏はその長い人生の中で数々の役を演じてきたが、本当に成功したのはリアリティ番組『アプレンティス』の中だけである。ここで演じた億万長者の不動産王役は、相次ぐ倒産で請負業者への未払いや巨大プロジェクトの失敗で悪名を馳せた彼の残念な現実より、はるかに上出来であった。そのため、彼の2度目の米国大統領就任がど派手なショーとなっているのも不思議ではない。毎日が政治物のコメディやドラマのエピソードのようだ。彼の発言が過激になればなるほど面白さが増す。だがこれはリアリティ番組ではなく現実であり、そこには実際の影響や被害が伴う。

トランプ氏がホワイトハウスへの返り咲きを楽しんでいるのは間違いない。2月13日までに66本もの大統領令に署名をしており、法案の議会通過を目指す大統領というより、お触れを出す君主と化している。メディアに長く取り上げてもらいたいというその姿勢は、人前に出ることを極力避けたバイデン氏と比べると特に新鮮に映る。トランプ氏がスポットライトを避けることなど決してない。彼にとって注目の的になること以上に刺激的なことはないのだ。

とはいえ、トランプ氏一人が君臨しているわけではない。米国では初めて大統領が2人同時に誕生したかのように見える。選挙で選ばれた大統領と、選挙を経ていない大統領だ。イーロン・マスク氏は南アフリカ生まれの億万長者で、ドナルド・トランプ氏の選挙運動の主たる資金源であった。連邦政府機関の抜本改革については彼のやりたい放題のように見受けられる。トランプ氏は友好国や同盟国を威圧し、アメリカの国際的な信用を損なうことで世界に混乱をもたらしているが、共同大統領であるマスク氏はそれを国内で行っている。トランプ氏の支配が終わるまでに、米国そして世界はどのような姿になっているのか。それはまったく見通せない。

 

米国の孤立主義

本コラムは中国、そして中国とどのように向き合い対処するかにフォーカスを当てている。そのため、デカップリング(分断)やディスエンゲージメント(関与の縮小)が進む今、米国がどう動くのかを焦点に考察を展開することは当然と言える。中国に対しては2月1日に比較的低い10%の追加関税が課せられたほか、中国からの輸入品に対するデミニミスルールの適用が停止されることになったものの、それ以外にトランプ氏がどのような腹積もりなのかはほとんど読めない。代わりにトランプ氏が選んだのは、長年の同盟国と友好国を怒りのはけ口にすることだ。

トランプ氏は、自らの手で締結したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)についてはほとんど言及せず、代わりにカナダは51番目の州になるべきだと主張し、トルドー首相を「トルドー州知事」と呼んだ上、「米国の補助金なしには」存続できないとまで述べた。つまり、トランプ氏は米国の貿易赤字を完全に誤解しているのである。不法移民と違法薬物の米国への流入防止対策を強化しなければ両国に25%の関税を課すと脅せば、実際1日もたたないうちに両国はトランプ氏と協力して対策強化を図ることに「同意」した。トランプ氏は勝利宣言をし、関税発動を1カ月停止したが、カナダとメキシコは実のところ、薬物と移民の米国への流入を抑止するためすでに実施している対策を別の言葉で言い換えたにすぎない。しかし、関税というトランプ氏の脅しは、実際には新たな成果をほとんど生んでいない。それでも彼は力を誇示して勝利を宣言し、MAGAと呼ばれる支持基盤に向けの政治的演出に利用している。素早く解決してトランプ氏が頂点に立つ。まさにテレビドラマの展開だ。

それでは、トランプ氏の関税政策とはどのようなものなのか。彼が時々主張するように、国家債務返済のために歳入を増やすツールなのか。それとも外国から(若干の)政治的譲歩を引き出すための政治的圧力なのか。いまだに不透明なのは、おそらくトランプ氏自身にも分かっていないからだ。彼は関税という言葉を愛しており、ゲームはまだまだ続く。定義が定かではないが、彼が言うところの「相互関税」の対象には、米国からの輸出製品に直接課せられる国境関税だけでなく、VAT(付加価値税)や売上税などの国内消費税も含まれる。トランプ氏は4月1日までに相互関税の国別リストを公表するとしており、VATを重要な財源とする欧州諸国にとっては特に大きな影響を及ぼすだろう。

一方、トランプ氏が良好な関係を台無しにした友好国はメキシコとカナダだけではない。パナマ運河とグリーンランドに対しても、獲得できなければ軍を派遣すると脅している。グリーンランドが売り物ではなく、米国と同じNATO加盟国のデンマークの自治領であることなどお構いなしだ。こうしたコメントや計画がそれほど注目を集めなかったとしても、米国がガザを所有し、200万人のパレスチナ人を別の地に移住させるとする彼の主張は、ほぼすべての人に恐怖と疑念、驚きをもって受け止められた。右翼のベンヤミン・ネタニヤフ首相(イスラエル)ですら驚いたが、同時に、ガザの「一掃」への実質上のゴーサインが出たことに喜んだ。トランプ氏にとって、ガザは開発の機が熟した海辺の土地の一区画に過ぎず、そこに暮らす人たちの生活などどうでもいいことなのである。

そして、これが国際社会から見た米国第一主義(America First)とMAGA(Make America Great Again)の姿である。友好国や近隣諸国をいじめ、脅し、国際規範や国家主権を尊重しない国。とはいえトランプ氏の破壊はまだ始まったばかりだ。24時間以内にウクライナ戦争を終わらせると宣言した(当初は就任前に停戦させるとさえ言っていた)ものの、それに失敗してから数日間過ぎた今、欧州と米国の北大西洋同盟がロシアの脅威にさらされている。

J.D.ヴァンス副大統領はAI、さらには米国企業を規制するなと欧州を実質的に脅して欧州「同盟国」を驚愕させたが、その1日後にはさらに、言論の自由と民主主義を守れていないとして欧州諸国を厳しく批判した。だがこれはまだ序章に過ぎず、ウクライナ戦争の終結に向け米国はロシアと直接協議を開始すると発表した。協議は2国間で行われ、ウクライナは招待されておらず、欧州も招待されていない。これはトランプ氏の「独りよがり」であり、彼の仲間であるプーチン氏との関係を修復する機会である。協議開始の前から米国はロシアの要求に大幅に譲歩しており、つい先日発表した声明の中で、トランプ氏は戦争を始めたとしてウクライナを非難している。ウクライナのゼレンスキー大統領はこれを受け、トランプ氏は「偽情報のバブル」の中で暮らしていると、抑制の利きすぎた発言をした。「嘘つき」がふさわしい言葉であろうが、トランプ氏は噓の上に政治家としてのキャリアを築いてきた。嘘が理不尽なものであればあるほど、彼の支持基盤は面白がって受け入れる。

今のところトランプ氏の「荒療治」を免れているように思えるのは数カ国しかない。日本の石破首相やインドのモディ首相との直接会談は比較的前向きなものであったが、それは両国が対米投資やエネルギーの輸入に関する話に時間を多く割いたためである。石破氏とトランプ氏は中国の侵略に対抗するため協力することでも合意した。だが、トランプ氏が行うのは「友好」ではなく取引(ディール)だ。今日有効だったものが明日も有効とは限らない。

 

今、何をすべきか

トランプ氏は就任1カ月目にして、数多くの同盟国政府の怒りと混乱を招いた。ロシアと中国はトランプ発の不協和音に大喜びしたに違いないが、トランプ氏の有効な政策がどのようなものになるのかを判断するにはおそらく時期尚早である。ただ、トランプ氏とその腹心による数々の嘘と脅しの中には真実もいくつかある。中でも目立つのは、欧州の防衛費が少なすぎる上、それがあまりに長く続いているという指摘だ。これはNATOの成り立ちの問題でもある。20世紀の紛争が終わった当時、米国が軍事力でトップに立ち、それを維持することを望んだ一方で、欧州のほとんどの国はドイツが軍事的に強くなることを望まなかったはずだ。現代の世界で見られる不均衡は主に、米国が作った国際秩序の産物である。トランプ氏は今その秩序の終了を宣言しており、欧州とアジアの諸国にはそれに応じた対応が求められる。

地政学的な結びつきが壊れ、規範が崩れるのは偶然の出来事ではない。トランプ氏、そしてその背後にいる人々が米国の政策として望んでいるのだ。彼らは同盟や海外援助に懐疑的である。効率化の名のもと、マスク氏のDOGEプログラムで最初に閉鎖される政府機関がUSAIDであることに驚きはない。食料・医療プログラムを通して何百万人もの命を救う取り組みに貢献してきたこの人道支援機関が「無駄遣い、不正、濫用」の温床であるとして廃止される。だがマスク氏はその実際の証拠をまだ示していない。そのような不正があったのであれば、責任者を追及する法的枠組みがある。ところが、今回見られるのは政治的スローガンと、後の影響が十分検討されないまま下された誤った判断である。米国第一主義により米国の人気が海外でなくなる中、トランプ氏の取り巻きは連邦政府の抜本改革で内部から国を弱体化させている。

今回、トランプ氏が中国を標的にしていないことには何か意味があるのか。習国家主席に個人的に一目置いているため中国を脅威とみなしていないのか。それとも、中国におけるマスク氏のビジネス上の利益が影響して、さしあたりソフトな姿勢を示す傾向にあるのか。我々には知る由もないが、彼の中国に対する姿勢にかかわらず、地政学的情勢と外交に対する現在の「迷惑で乱暴な」アプローチを踏まえて、台湾などアジアの同盟国はどのような扱いをされるのか非常に心配しているに違いない。長年にわたり築かれてきた欧州同盟国との関係を踏みにじったトランプ氏が、日本や韓国、オーストラリアに異なる対応をするとは到底考えられない。トランプ氏のせいで米国がまったく信頼できないパートナーとなる中、アジア諸国の指導者は米国との向き合い方を考え直すべきである。古いモデルは崩壊した。最悪のシナリオが展開しなかったとしても、アジアの各国政府は今すぐに対応することが肝要である。ルビオ国務長官は中国をかねてから批判しており、彼が中国に戦いを仕掛けるのを見たい気もするが、彼の権限は限られているし自分の雇用も守らねばならない。この2人大統領制には今のところ誰も太刀打ちできない。両院で共和党が過半数を占める議会ですら、すぐ目の前で自らの権限が侵食されているのに沈黙を守っている。連邦政府の予算の使い方を決めるのは議会だが、DOGEが牽引する改革熱が高まる中、トランプ氏とマスク氏は再三再四、議会を無視してきた。

英国を含めた欧州諸国政府は、先週の出来事で大きなショックを受けている。好むと好まざるとにかかわらず、防衛面でかつてないほどの自助努力の必要がある。すなわち、今後は部隊を増員し、国産の軍装備品・軍需物資を増やし、米国を含めた外国への依存を減らし、共同防衛に向けて積極的に連携することが求められる。欧州統合軍となると当面は各国指導者の手に余る問題であろうが、より密接な連携を進めることが不可欠である。ロシアの脅威がかつて考えられていたほど強力ではないことはウクライナが身をもって証明している。一方、欧州は相変わらず大規模かつ豊かな国の集まりであり、まだ本当の実力を見せていない。アジア諸国も、同様の対応を検討しないことなどありえない。

ここ数年間、上り調子で敵対的な姿勢を強める中国から突きつけられていた大きな問いは、中国につくか米国につくかであった。アジアの多くの指導者はこの問いに向き合うことを望まず、現状維持を切望していた。そして今、この問いはさらに難題と化している。米国はほんの数カ月前と同じパートナーではなくなった。トランプ氏が取引対象とみなせばすべてが交換材料になりえ、今後もそれが続く。アジア諸国の経済と社会は、米国の安全保障の傘の下でこの70年間めざましい発展を遂げてきた。これからは、自立しながらも共通の脅威に協力して立ち向かうことがより重要になる。極めて難しい議論にも向き合う必要があるだろう。北朝鮮の脅威に対する防衛として、核爆弾の開発を韓国に求める向きもすでにあり、そうなれば日本もそれに倣う必要が出てくる可能性が高い。

トランプ氏とマスク氏は、次に起こる事態に何の備えもなく既成の秩序を破壊できることを実証している。世界はすでにロシアと中国が近隣国と貿易相手国を脅し、いじめる危険な時代に突入していたが、悲しむべきことに、そして信じられないことに、今や米国もその脅威に加担している。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.