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中国の無差別殺傷を「社会への報復」で片づけていいのか? 語源は日本のひろゆき氏の「無敵の人」
江蘇省の専門学校で無差別殺傷(写真:ロイター/アフロ)
江蘇省の専門学校で無差別殺傷(写真:ロイター/アフロ)

中国で相次いでいる無差別殺傷を、日本のメディアでは「社会への報復」と一括りにしてまとめて「得意がる」傾向にある。しかし事件の真相をたどっていけば、その言葉は日本で2008年から流行した「無敵の人」が発端になっていたことがわかる。

 中国の場合は鄧小平が号令をかけた「向銭看(シャン・チェン・カン)(銭に向かって進め)が生んだ社会的病理も混在している。

 日本では短絡的に「最近は中国の経済状況が悪いから」とか「習近平体制への不満」とか、「日本人の願望」を満足させる報道しかしない。

 2チャンネル開設者の西村博之氏(以下、ひろゆき氏)が指摘した「無敵の人」現象は、日本で闇バイトを生み、日本人の日常生活を脅かしている。「日本人のための中国論」にのめり込み、「燥(はしゃ)いでいる」うちに、日本がなぜ「無敵の人」を生み、それが膨らんで、どれだけ闇バイトとして日本人の日常生活に不安を与えているかに対する解明がおろそかにされている。窓ガラスを防犯ガラスに交換しようとしても、注文が多すぎて何か月も待たされる始末だ。

 日本の大手メディアは、自社が生き残るために日本人の視点を逸らさせ、フェイクに近い「中国物語」をでっち上げて、日本国民を一時的に喜ばせはするが、日本国民を不幸にさせていることに気が付いているだろうか?

 闇バイトに走る人たちも、生まれたときは純粋無垢で善意と夢に満ちていたはずだ。それを奪ったのは誰か?

 日本こそ、犯人は政治だ。

 議員は自分が当選できるか否かという権益でしか動いていない。国民の命など、自分が議員になるために叫んでいる人がほとんどで、本気で考えている人など滅多にいない。

 もう一人の犯人は大手メディアである。

 大手メディアは、日本人に納得感を与える偽の「中国物語」を垂れ流し、実は日本国民を不幸にさせていることに目を向けるべきだろう。

 

◆中国社会の病理を示唆する「飛び降り自殺をする青年をけしかける」事件

 中国の一連の無差別殺傷事件の根底に流れる一つの事件をご紹介しよう。

 それは2023年6月29日、26歳の男性が江蘇省蘇州市武中区にある高層ビルの屋上の端に立ち自殺しようとした事件だ。青年は飛び降りるべきか否か、6時間にわたり迷っていたが、ビルの根元に集まった大勢の見物人の一人が「おーい、早く飛び降りろよ! これで飛び降りなかったら、お前はもう人じゃない!」と大声で嗾(けしか)けたのだ。その瞬間、青年は飛び降り、命を絶った。

 この状況を詳細に書いた記事がある。題して<冷漠を治す薬はない!26歳男子「崩壊して飛び降り自殺」死亡 見物人は叫んだ:跳び下りなければ人じゃない!>。ここで言う「冷漠」とは「冷淡」とか「無関心」という意味だ。

 記事は100年前の魯迅の名著『薬』を例に挙げ、中国民衆の愚かさが変わっていないことを嘆いている。『薬』は、息子の結核を治療する唯一の方法として鮮血に浸したマントウ(白饅頭)を薬として食べさせるという話で、その鮮血を得るために処刑された革命家の首から噴き出る血を使ったという、愚民の行動を暗く描いている。

 「飛び降りなきゃ、もう人じゃない」という叫びを聞いた周りの群衆の中にはニタニタと笑う者もいたという。

 記事の中には、その時の様子の一部をスマホに収めた動画もある。念のため、スマホで撮影した写真を図表1に示す。

 

図表1:高層ビルの屋上に立ち自殺すべきか迷う青年

出典:中国のネット

出典:中国のネット


 

 また、中国政法大学の人が、「飛び降りなかったら人じゃない」と言った見物人に対して「通行人が言ったのは、正しいね。飛び降りる勇気がなく、ずーっと上にいるのは、みんなの感情を無駄にさせるだけじゃないか」と書いている。「6時間も待たせたんだから、それ(その期待)を無駄にさせるな」という意味だ。その証拠を図表2に示す。

 

図表2:中国政法大学の人のウェイボーでの書き込み

中国のネット情報に筆者が和訳加筆

中国のネット情報に筆者が和訳加筆

 もちろん記事を書いた人物のように、義憤に燃える者もいるが、この事件は決して「習近平政権への不満」とか「経済が低迷していることに対する抗議」といった、日本メディアが大好きな常套句で理解できる性格のものではない。

 この「冷漠」感情はどこから来たのかというと、ひとえに鄧小平が奨励した「向銭看(シャン・チェン・カン)=銭(ぜに)に向かって進め」の結果が招いたものだ。毛沢東時代の「向前看(シャン・チェン・カン)=前に向かって進め」をもじった言葉で、銭以外に重要なものはなく、人々の道徳心を失わせていった。

 たとえば、貧乏な母親が身を粉にして働いて女手一つで息子を都会の大学に進学させ、卒業して就職したのに母親に恩を返すどころか、田舎の家を売り飛ばさせて自分の車を買い都会に家を購入して結婚生活を送り、母親を汚いゴミくずのように扱うという話は巷に溢れるほどある。捨てるだけでなく殺してしまうケースもあり、頭の中には「銭」しかないような人間が増殖しているのだ。この道徳心の喪失は、中国社会の病理であるともいえる。

 

◆ひろゆき氏の「無敵の人」が「社会への報復」という言葉を生んだ

 今年11月8日、「新潮沉思录」(新潮沈思録)は<“怒気”を扇動的行動の言い訳にするな>という見出しで、どんなことでも「報復社会(社会への報復)」で説明しようとするのは適切ではないという趣旨の論を張っている。そして「社会への報復」という概念は、そもそも日本のメディアが創り出した「無敵の人」から来たものだと説明している。

 この手の情報は非常に多く、中国のネットはひろゆき氏が創り出した「無敵の人」という言葉に刺激されたようだ。Wikipediaで申し訳ないが、「無敵の人」とは「社会的に失うものが何も無いために、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人を意味するインターネットスラング。2008年に西村博之(ひろゆき)氏が使い始めた」と書いてある。

 この言葉は中国では非常に受けた。「無敵」という漢字を「カッコいい」とみなし、「無敵の人(无敌之人)」はまるで「英雄」のような扱われ方をしている。図表3に示すのはその一例だ。

 

図表3:中国のネットで行きわたっている、ひろゆき氏の「無敵の人」


新潮沈思録のネット情報に筆者が和訳加筆

新潮沈思録のネット情報に筆者が和訳加筆


 

 「友達もいない」、「親戚もいない」、「結婚もしていない」・・・など「ないないづくし」で、そこから「三低三少」という中国でのネットスラングも生まれてきた。出所は全てひろゆき氏の「無敵の人」概念だ。

 2008年からの流行を受けて、2011年に中国のネット会社「百度」は「報復社会」と「テロ襲撃」というキーワードに関する検索数の推移をプロットしはじめ、2024年11月19日時点のデータを発表している。それを図表4に示す。

 

図4:「報復社会」と「テロ襲撃」というキーワードの検索数推移

出典:百度検索インデックス

出典:百度検索インデックス


 

 図表4から、中国のネット民がどれだけ「报复社会(社会への報復)」と「恐怖袭击(テロ襲撃)」に強い関心を持っているかがうかがわれる。

 

◆なぜ不特定多数殺傷に移行したのか

 なぜ自殺でなく、不特定多数殺傷へと移行したのかに関しては、ひろゆき氏は2021年12月19日、ツイッターで「無敵の人」に関して「社会に対して絶望して、自殺ではなく他殺を選ぶ『無敵の人』。他の先進国でテロが起きるように日本でも増えると言っていたものの、数年に一回かと思ったら、一年に複数回も起きるようになってしまった日本。社会がキツく当たるなら、自分も社会にやり返すという『弱者』もいるのです」と書いている。

 この見解と図表4のキーワードの組み合わせを見ると、ある結びつきが浮かび上がってくる。

 すなわち「社会への報復」と「不特定多数への無差別テロ」をリンクさせて考察しているということだ。テロという不特定多数への攻撃が減るにしたがって、「社会への報復」と称する「不特定多数への殺傷」が増えていることが見て取れる。単純には言えないが、自爆テロの形が、不特定多数殺傷事件へと置き換わっていったような様相も呈している。

 もともと中国に古くから、「杀一个够本,杀两个赚一个(一人殺せば釣り合い、二人殺せば儲かる)」という言葉がある。それは人の命を殺(あや)めれば、必ず死刑になるので「一命换一命」(自分の一つの命で他人一人の命と置き換える)」という言葉が示すように、互いに「一つの命」だけを損失しあうが、二人殺せば「自分一人の命で、他人二人の命を奪った」ので、「儲けものをした」という考えに基づく。

 したがって、自分一人の命と引き換えに多くの命を奪えば、「自分が得をした」という感覚がある。

 その意味で中国は日中戦争をしながらも、米軍への日本軍の「神風特攻隊」を、案外に「カッコいい」と思う傾向にある。イスラム教のジハードにおける「自爆テロ」も、ある意味での(暗い)尊敬の対象でもあるのだ。

 だから「ひろゆき論理」に従って、どうせ殺人で死刑になるのだから、不特定多数を殺傷する方が「得だ」という概念が生まれてくる。

 

◆事件の背景は、それぞれ異なる

 11月15日のコラム<中国珠海車暴走事件の容疑者は金持ちか なぜ動機は離婚財産分与への不満と分かったのか>に書いたように、容疑者はかなり高額の車を運転しており、実際はある会社の社長だ。中国で虐げられた貧困者が中国政府に報復する目的で事件を起こしたというような状況は皆無である。むしろ大金を転がしてギャンブルにのめり込み、夫婦間の感情のもつれから事件を起こしただけで、それでも日本の大手メディアは強引に「貧困社会が生んだ悲劇」とか「中国政府への不満の表れ」とか、何とか「社会への報復」に持っていこうと、無理な論理展開をしている。

 また、深圳の日本人学校の男児が刺殺されたのは、あくまでも中国にはびこる反日教育が美化されて「英雄視されたい」という欲望から出た話だ。このことは拙著『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』で詳述した。反日教育が行き過ぎてビジネス化しているくらいだ。だから靖国神社に落書きしてユーチューブに載せ、アクセス数の多さで金稼ぎをしようというのが目的だった。それもこの本に詳細に書いてある。

 この二つの事件のどこにも「貧乏なために、命に代えて習近平政権への抗議を表した」などと言う要素はない。全く無関係だ。

 大手メディアと、大手メディアに重宝される学者たちに「真相を見る勇気を持て」と言いたい。

 さもないと、日本は自国民の安全を守ることをおろそかにする危険性がある。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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