11月に入ると、NBCを始め多くのメディアが10月におけるウクライナ関係の会議において欧米がウクライナに「停戦を考えるように」と密かに勧告したという情報が溢れた。ガザ紛争が起きたためにウクライナにかまっていられなくなったのと、ゼレンスキー大統領の姿勢に疑問を抱く者が出てきたからのようだ。同時に、ウクライナ軍の総司令官が英誌「エコノミスト」にゼレンスキーと軍との間の亀裂を明かし、中国メディアはこれらの話題に沸いた。
もし和平交渉となった時には、欧米がゼレンスキーを説得したとしても、プーチン大統領も納得しなければ停戦には入れない。そのプーチンは習近平国家主席の「和平案」を支持していると、プーチン自身が中国メディアの取材に回答している。
ということは習近平の「和平案」が採用されることになるのだろうか?
◆中国メディアに溢れる情報
もう、どれからご紹介すればいいか分からないほど、中国のネット空間には関連情報が溢れている。
まず、中国共産党管轄下の中央テレビ局CCTV文字版は11月4日、<関係者が「欧米当局はウクライナと、いかにしてロシアとの和平交渉を進めるかを討議している」と語る>という見出しで、以下のようなことを書いている。
――現地時間11月3日、アメリカの国営放送NBCは、米政府高官の話として、「欧米当局者は、露ウ紛争終結に向けたロシアとの和平交渉をどのように行うかについて、すでにウクライナ政府と討議を開始した」と言っていると報じた。会談の内容には、「ロシアとの合意に達するために、ウクライナが放棄しなければならない条件」などが含まれているという。
NBC報道によれば、欧米当局者らは、「露ウ紛争が膠着(こうちゃく)状態に陥っていること」や「ウクライナへの支援を継続できるか否か」について懸念を表明している。
2人の関係者によると、「バイデン大統領はウクライナの軍事力の低下が続いていることを非常に懸念している」とのこと。イスラエルと、パレスチナのイスラム抵抗運動(ハマス)との紛争が勃発する前、ホワイトハウス当局者らは米議会が年末までにウクライナへの追加資金支援に関する決定を下すと信じると公式表明していたが、しかし非公式には「それは難しいかもしれない」と認めていた。
(CCTV記事引用、ここまで。)
一方、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は、「環球情報放送」というウェブサイトで11月6日、中央テレビ局CCTVの情報に基づいて<露ウ紛争:誰(どちら側)の「膠着状態」なのか?>という見出しで、冒頭に書いた数多くのウクライナ状況に関して報道している。信憑性を証明するためか、そこには数多くの欧米オリジナル情報のキャプチャーが貼り付けてあるので、ご確認いただきたい。
この情報を国際オンラインなどが転載したりするなど、中国のネットは大賑わいだ。それら数多くの報道の中からいくつかをピックアップしてみる。
●パレスチナ・イスラエル紛争の新たな局面が世界の注目を浴びている中、ウクライナ軍のザルジニー総司令官は、イギリスの「エコノミスト」に投稿し、「ロシアとの戦争が膠着状態に達している」と認めた。ザルジニー氏はまた、ウクライナ軍の反撃を指導するために使用された「NATO方式」は間違っていたことが証明されたと書いている。ウクライナとその西側支持者は常に反撃への希望を抱いてきたが、現実的にはウクライナ軍はそのように「美しい突破」はできないだろうとも嘆いている。
●ゼレンスキーは「膠着説」を否定したが(そのために軍との間に亀裂が生じているが)、フランスメディアは、ザルジニーの発言が今夏の注目を集めたウクライナの反撃に「冷や水を浴びせた」と指摘した。さらに、ウクライナ大統領府の顧問ポドリャク氏も、この時期の戦闘は「困難」に直面したと認めた。
●ニューヨーク・タイムズは、「欧米側がこれまで提供した兵器では、ウクライナ軍が突破口を開くのに十分ではなく、ウクライナ情勢を逆転させるのに役立つ兵器はほとんど残っていない」、「西側同盟国、特にアメリカのウクライナ支援を継続する意欲は弱まっている」と報道している。
●AP通信は「アメリカ議会には厳しい亀裂が走っている」と述べている。ウクライナとイスラエルを同時に支援すべきだという派閥と、ウクライナへの支援とイスラエルへの支援は別々に行うべきだという派閥と、ウクライナへの支援は減らすか完全にやめてイスラエルだけを支援すべきだという派閥など、大統領選に向けて、どれだけ票を取れるか、ユダヤ資金をどれだけ集められるかなど、ごった返すほどに乱れている。
●米メディア「ポリティコ」は、露ウ戦争は膠着状態に達しているとのザルジニーの声明に対し、ロシアのペスコフ大統領報道官は、「ロシアは膠着状態には達しておらず、今後も特殊軍事作戦を推進していくつもりであり、定められた目標はすべて達成されなければならない」と反論したと報じている。ウクライナの悲観的な現状を見て、ウクライナとロシアの和平交渉をこれまで阻止してきたアメリカの考えが変わったのは注目に値すると報道している。
◆「露ウ平和交渉を妨害したのはアメリカ」と米知識人や独政界が証言
「環球時情報放送」は以下のように続ける。
皮肉なことに、ウクライナ危機が全面的に拡大した後、ロシアとウクライナは複数回の交渉を実施し、一時的には前向きな進展を見せた。しかし、まさにアメリカとNATOの妨害により、和平交渉は最終的に行き詰まった。
アメリカの歴史・外交政策のコラムニストであるテッド・シュナイダー氏は、以前、アメリカ政府が政治的利己心から露ウ和平交渉に少なくとも3回干渉してきたとする記事を発表した。
今年6月、プーチンは、モスクワに集まったアフリカの指導者らに、昨年トルコのイスタンブールで開催された第3回和平交渉でロシアとウクライナが合意した「合意文書」を示した。ウクライナの交渉担当者は合意文書に署名したが、その後はそれについて何も語らくなったという。プーチンの見解では、ウクライナの利益がアメリカの利益と「一致していない」場合、物事がどのような方向に進むかは「最終的にはアメリカの利益に依存する」とし、「これがアメリカ人にとって問題を解決する鍵である」と述べた。
プーチンの言葉を裏付けるかのように、ドイツのシュレーダー元首相も数日前、ベルリン日報のインタビューで、「イスタンブール和平交渉中、アメリカが許可しなかったためウクライナが和平を受け入れなかった。そうでなければ露ウ紛争は2022年内に終わっていただろう」と認めた。
ウクライナ側は昨年、シュレーダーに、「露ウの間の仲介をして、ロシアのプーチン大統領にメッセージを伝えてほしい」と依頼しており、「当時ウクライナはNATO加盟を断念する用意があったが、結局何も起こらなかった」という。「すべてはワシントンで決まるので、何も起こらないというのが私の印象だ」とシュレーダーは述べたとのこと。
◆プーチンは習近平が提案した「和平案」なら飲む
10月16日、プーチンは「一帯一路」フォーラムに参加するために北京を訪問する前に、中国メディア・グループの取材を受けた。インタビューは非常に長いのだが、終わりの方でプーチンは習近平が提案したウクライナ紛争に関する「和平案」に関して「私たちは中国の友人たちの提案を知っており、その提案を高く評価する。中国の提案は極めて現実的であり、和平協定の基礎を築くことができると思う」と答えている。
中国の「和平案」の詳細は拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いているが、この流れの中で重要なのは「停戦ラインを明示していない」ということである。
一方、ゼレンスキーもかつてウクライナ方式の「和平案」を出しているが、それは「クリミア半島をはじめドンバス地域など、2014年前までの全ての領土をウクライナに返還し、ロシア兵が完全に2014年前のウクライナ領土から撤退すること」という完璧な条件が付いている。
ウクライナは欧米、特にアメリカの軍事をはじめとした全ての支援の下で、ようやく戦争が成立しているのであって、もし欧米がウクライナ支援を控えるようになったとしたら、その瞬間に「敗戦」してしまう。
いまロシアの軍事力とウクライナの軍事力を、武器や兵士数などで比較したら、それは比較の対象にならないほど圧倒的にロシアが強い。欧米の支援なしには、ウクライナは戦うことができないのだ。
となると、ウクライナは欧米が完全に支援をやめる前に和平協定を結ばなければならないということになる。
しかしゼレンスキーがこだわる「領土の完全返還」は実現しない可能性が高いので、どのような停戦ラインを引こうとも、ウクライナの敗北に終わるのだ。つまり、全領土の内のどれが欠けても「敗戦」になってしまう。
その点、中国の「和平案」には停戦ラインがないので、どこで停戦ラインを引こうと、中国の案が勝つことになる。
拙著『習近平が狙う「米一極から多極化」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で詳述したように、習近平の外交戦略の哲理は「兵不血刃(ひょうふけつじん)」(刃に血塗らずして勝つ)だ。習近平は軍隊を一歩も動かしていないのに、ウクライナ戦争においては習近平の「和平案」が採択されることになる可能性が高い。
何と言ってもプーチンが納得しないことには協議は成り立たないので、その意味からもプーチンが礼賛している習近平の「和平案」に基づくしかないのだ。
ガザ紛争においても大規模中東戦争へと拡大しないためにはイランを抑止できるか否かにかかっている。11月3日のコラム<ガザ危機「習近平仲介論」がアメリカで浮上>が現実性を帯びるか否かはさて置いたとしても、少なくともウクライナ戦争では習近平案で停戦協議が進められるのかもしれない。
「停戦ラインもないのに」と嘲笑っていた人たちは、「兵不血刃」戦略を侮らない方がいいだろう。
この論考はYahooから転載しました。
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