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中国はなぜ日本水産物の全面的な一時輸入禁止に入ったのか?
福島第一原発の処理水放出に抗議する中国大陸や香港(写真:ロイター/アフロ)
福島第一原発の処理水放出に抗議する中国大陸や香港(写真:ロイター/アフロ)

福島原発の処理水海洋放出に対して中国が日本の水産物の全面的な一時輸入禁止を宣言した。中国の国番号「86」から始まる嫌がらせの電話も鳴り響いている。日本にとっては迷惑この上ないことだ。

そこで本稿では、中国の実態と、中国がなぜこのような反応に出るかという国際情勢と、ならば日本はどうすべきかに関して考察する。

◆中国の放射性廃棄物の実態に関して

今年7月10日に在北京日本大使館が発表した<処理水に関するQ&A(最新版)>はまず、日本が福島第一原子力発電所で、どれくらいの量の放射性物質が混ざっている処理水を海に放出しているかを説明している。それによれば、日本は、トリチウム以外の全ての核種について、ALPS(多核種除去設備)などの規制基準以下で浄化されたことが確認された水のみを放出することになると説明。ALPSで除去できないトリチウムは海水で1500Bq(ベクレル)/L以下に希釈され海に放出している。これは規制基準値の1/40、WHOガイドラインの約1/7となる。

一方、中国の「原子力施設からの放射性核種を含む廃水」に関しては、以下のような中国の現状を説明し、「中国原子力年鑑2021、2022」に基づき、データを列挙している。

●中国の現状説明:

中国も日本と同様、原子力施設からトリチウム等の放射性核種を含む廃水を、IAEAが定める国際基準に従って海洋に排出している。 日本は、多核種除去設備(ALPS)処理水から海に放出されるトリチウムを毎年22兆ベクレル放出すると予想されており、これは中国浙江省の秦山原子力発電所の年間排出量の約10分の1、広東省の陽江原子力発電所、福建省の寧徳原子力発電所、広東省の紅岩河原子力発電所の年間排出量の約5分の1に相当します。

●中国の原子力施設からのトリチウム(液体)の年間排出量(2020年、2021年)

原子力発電所からの放射性排水排出量

2020年:秦山第3原子力発電所 143兆ベクレル

     陽江原子力発電所 122兆ベクレル

     寧徳原子力発電所 111兆ベクレル

     紅沿河原子力発電所 107兆ベクレル

2021:秦山原子力発電所 218兆ベクレル

    陽江原子力発電所 112兆ベクレル

    寧徳原子力発電所 102兆ベクレル

    紅沿河原子力発電所 90兆ベクレル  1-4号機、5-6号機合計

    (出典:中国原子力年鑑20212022)

◆証拠:中国原子力年鑑に書いてあるデータ

それは日本がでっち上げたデータだと中国側に言われるとよろしくないので、実際に中国が出版している『中国核能(原子力)年鑑』のオリジナルに当たってみることにした。

2022年の年鑑はネットに公表されておらず、2021年の年鑑が公表されていたのでアクセスしようとしたが、外部からはアクセス不能になっていたので、中国にいる教え子に頼んでアクセスしてもらい、関連部分をダウンロードしてもらった。以下に示すのが2021年の『中国核能年鑑』の関連部分である。

中国語である上に、文字が薄くて小さいので、関連部分を赤で囲んで日本語の注釈を添えた。

図表1:中国の原子力発電所からの放射性排水排出量原典その1

 

2021年『中国核能年鑑』の関連部分(p.72)に筆者が赤で注釈加筆

2021年『中国核能年鑑』の関連部分(p.72)に筆者が赤で注釈加筆

 

図表2:中国の原子力発電所からの放射性排水排出量原典その2

2021『中国核能年鑑』関連部分(p.73)に筆者が赤で注釈加筆

2021『中国核能年鑑』関連部分(p.73)に筆者が赤で注釈加筆


ここでは4個所のデータしかないが、残りの4個所は同じ原発の2022年年鑑のデータなので、2022年の年鑑は現在アクセスできないため証拠は取れない。しかしこれで、在北京日本大使館が書いていることに間違いはないことは証明されたとみなしていいだろう。

だとすれば、「そんな中国に日本を批判する権利はない」と言いたくなる。

◆中国はなぜ日本水産物全面輸入禁止にしたのか?

それならなぜ、中国はここまで事実に逆らって日本水産物の全面的輸入の一時禁止にまで踏み切ったのか?

回答は簡単だ。

それは明らかに日本がアメリカの対中包囲網に追随しているからだ。おまけにバイデン政権が次々に打ち出すクワッドなどの対中包囲網や保護主義的な「インフレ抑制法(IRA)」や「CHIPS・科学法」などの対中制裁に日本が無批判に乗っかるからだ。台湾有事などもその最たるものである。

中国としては報復として軍事演習や尖閣諸島への侵入などの実力行使もできるが、何しろ来年1月には「中華民国」台湾の総統選があり、今年9月12日から立候補者の正式な届け出が始まる。その選挙民に、中国大陸にとって不利な影響を与えたくないので、日米が「経済制裁」で来るのなら、「目には目を、歯には歯を」の原則に従い、「貿易制裁」で「報復」してきたわけだ。

バイデン政権の「インフレ抑制法(IRA)」や「CHIPS・科学法」などに関しては追って別途考察するが、これらは明らかにアメリカ一国のみに有利に働く身勝手なもので、日本産業の破壊につながる。かつて日本は世界一だった半導体産業をアメリカの身勝手によって沈没させられてしまった。それでもアメリカ様の仰ることなら、日本国民の利益も考えずにひたすら追随するのが今の岸田政権だ。

日本国民を何が何でも守るという強烈な気概など微塵もなく、日本独自の戦略を練る英知もなく、ただひたすらアメリカにゴマをすることしか考えていない。

中国にとって最も痛いのは「半導体製造装置」に関する輸出規制を、アメリカ様の指示通りに日本が実行していることである。これでは中国の経済は発展し得ないし、製造業が不振になるので失業者も増えてくる。

中国からすれば「貿易に関して不当な制裁」を受けているので、中国としても「不当であっても」、「貿易における制裁」を日本にかけて「報復」をしているということだ。

一部に「中国はいま経済的に厳しいので、外敵を作って国民の不満をそらそうとしている」という趣旨の解説が見られるが、スカッとしても建設的ではない。

◆実に客観的で明解な台湾の解説

今回もまた台湾の動画をご紹介したい。右も左もなく、実に客観的で明確な分析をしているからだ。「窮奢極欲」というウェブサイトの<国際的な逆風を顧みず、日本はなぜ今、ここまで強引に核廃棄物の海洋放出にこだわるのか?>は、何も情報を持ってない人に2011年における東日本大震災の様子と福島における原発事故の経緯を説明し、処理水放出の方法も説明した上で、ならば「なぜ今、このタイミングで、こんなに強引に決行するのか?」に焦点を当てて解説している。

「なぜ今でなければならないのか?」に関して以下の4点に注目しているのが興味深い。

1.凍土壁構築の失敗とごまかし:これまで地下水がデブリ(事故で原子炉内に溶け落ちた核燃料)に触れないようにするために凍土壁などを建設してきたが、経費が掛かり過ぎ計測データにごまかしもあってうまくいかず、貯水タンクが満タンになってしまった。そのため薄めて海洋放出するという最も安易な道を選択した(筆者注:凍土壁の失敗とごまかしに関しては2021年7月19日の東京新聞<凍土壁、想定外の長期運用へ 福島第一原発汚染水対策の「切り札」、検証不十分なまま>に分かりやすく書いてある)。

2.外交的要素:岸田首相は米韓と結託し、韓国を引き入れることによって韓国からの抗議を無くさせるために行動。アメリカのバイデン大統領にとっては、日韓が緊密になってくれれば対中包囲網が形成しやすいので岸田の要望に乗り、日米韓首脳会談を開いたり、水面下で同盟関係にあるようなIAEA(国際原子力機関)の調査を経てお墨付きを得た。日本が韓国と仲良くするということは滅多にないが、核汚染水海洋放出に関して韓国を抱き込むために珍しく韓国と仲良くする道を選んでいる。バイデンにとっても日米韓が結束すれば対中包囲網を形成しやすいので日米にとってはウイン・ウインなのである。

3.選挙のための配慮:2023年9月には福島県沿岸でのトロール漁が解禁されるため、地元勢力は核廃棄物の放出時期をずらすことを望んでいる。また、岩手県知事も9月に任期満了となり、同月には県議会議員選挙が行われる。その後、10月には宮城県で選挙、11月には福島県で選挙がある。選挙への妨害を避けるため岸田首相は最終的に9月までに放出を急ぐことを決めた。

4.中国にまつわる事情:中国は常に日本の核廃棄物放出を厳しく非難し続け、 中国外交部報道官は日本を「極めて利己的で無責任」と非難し、「岸田政権は自国の核汚染の危険の責任を自国内でとらずに世界に責任を負わせている。全人類の長期的な将来や幸福よりも、自分自身の利益だけを考えている」と発言。ここで日本が譲歩すれば、中国の批判が効果的だということになる。したがって、日本側としては、現時点では撤回することはできないと考えている。(以上)

日本の日経新聞などの中文情報も参考にしているようだが、台湾がこのような見方をしているというのは日本政府にとって参考になるのではないだろうか。

◆では、日本はどうすべきか?

「86」で始まる中国からの嫌がらせ電話は実に迷惑千万だが、日本も戦略性に欠けることは事実だ。「実に遺憾である」という「遺憾砲」の常套句で済まされる話ではない。

たとえば8月24日に出された中華人民共和国海関総署の2023年公告103号によれば、日本を原産地とする水産物の全面的な輸入禁止は、あくまでも「一時的」なのである。この一時的は「暫停(暫時停止)」という言葉で表現されているのを見落としてはならない。その公告を以下に貼り付ける。

図表3:「暫停」と明記してある中華人民共和国海関総署の公告103号

 

中華人民共和国海関総署の公告に筆者が赤字で注釈加筆

中華人民共和国海関総署の公告に筆者が赤字で注釈加筆

 

ということは、「何かのキッカケがあれば全面輸入禁止をやめる」という逃げ道を、中国はきちんと設けているということだ。

その逃げ道へと日本が中国を導くにはどうすればいいか?

それこそ「目には目を、歯には歯を」がカッコウの「やり返し」である。

図表1および図表2に示したように、中国のトリチウム廃棄は、これもIAEAの基準を満たして行っているのだが、それでも日本より数倍も多いので、「水際で全て検査します」とやり返せばいいのだ。これは第一歩に過ぎない。ほかにさまざま考えられるが、少なくとも「科学的な説明を続けるべく努力する」とか「遺憾砲」をやめて、戦略的に実働で行動せよと、岸田政権に言いたい。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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