王 尊彦
国防安全研究院非伝統的安全および軍事任務研究所
(台湾)
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香港デモの衝撃と波及効果
香港(正式名は、中華人民共和国香港特別行政区)は、かつて韓国、シンガポール、台湾と伍して、「アジア四小龍」の一匹と数えられていた。土地の面積は1106平方キロメートル、人口は740万人でしかないが、戦後急速な経済発展を成し遂げ、国際社会から注目されてきた。
1997年に香港の主権が中国へ返還されるまでイギリス植民地統治下に置かれた香港は、政府が廉潔であり社会秩序が良く、アジア太平洋地域の金融・運輸センターへと成長し、「東洋の真珠」として輝き続けてきた。米国のシンクタンク・ヘリテージ財団(The Heritage Foundation)は、25年連続、香港を「最も経済自由度の高い」国・地域とランキングしている。
そこで、今年6月から香港で行われた数回の大規模なデモ行進、およびそれに伴ったデモ隊・警察隊の衝突は、世界中に衝撃を与えてしまった。香港では、それが最初のデモでもなく、デモ行進中に衝突が起きたのも初めてでもない。ただし、今回のデモの参加者が200万人にも上り、1997年以来最大規模のものとなった。また、事態は、だんだん複雑化しつつあるのである。
一方、香港政府の対応に対する国際社会の批判が高まり、それをデモに対する外国の応援だと中国政府は見なしている。他方、これに対して、中国政府は軟化の兆しを見せておらず、一部のマスコミの報道は、北京当局は問題解決のために人民解放軍を投入するかもしれない、とさえ示唆している。
さらに、香港のデモは、「一国二制度」という両岸関係のイシューとして、2020年1月に行われる予定の台湾総統選挙・立法院選挙に、影響を与えかねない。台湾側としてそれに反応を示すのも当然だが、今度その反応に対して中国政府はどう対応するかも、非常に重要である。なぜなら、こうなると、事情は北京の香港政策を越え、台湾政策・両岸関係の領域に入るからである。つまり、香港事情は両岸関係に波及してしまうのだ。
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台湾政界の反応
一連の抗議デモは、刑事事件などの容疑者を中国に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案に反対するために行われた。香港市民は、将来北京がその「条例」を利用して、でっち上げの罪名で特定の人物を逮捕することを、恐れているのである。
香港政府は、デモが更に広がって激しくなって、事態が収拾つかなくなることを憂慮し、行政長官の林鄭月娥は、「『条例』の改正工作が失敗した」、「The bill is dead.(法案が死んだ)」と明言し、譲歩せざるを得なかった。「撤回」という表現を使わないものの、事実上の廃案宣言を行ったのである。
目を台湾に転じると、台湾・蔡英文総統は6月9日、自分のフェイスブックに、「『一国二制度』は台湾人の選択肢ではない」と書き込んでいる。そして13日に、香港デモは、台湾人を自分の民主政治と生活様式を大切にさせ、「一国二制度」は台湾と相容れないものだと台湾人に認識させた、と表明している。
大陸委員会(対中国政策担当の省庁)は、6月9日に声明を発表し、香港市民が乱暴な法案改正に強い決意を示したことに敬意を表示したうえ、「疑いなく、香港政府の法案改正は、『一国二制度』に弔いの鐘を鳴らしている」、「香港を教訓に、国民に中国共産党政権の詐欺的体質への警戒を促したい」、と中国を批判している。
立法院(日本の国会に相当)では、6月17日に与野党は、「香港市民の民主主義や自由への訴えを支持し、香港政府に条例改正の撤回を呼びかける」ことを主旨とする共同声明を採択した。また、与党・民主進歩党党首の卓栄泰は、同月14日に台湾大学の構内で行われた香港デモの応援イベントでエールを送った。
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台湾社会の反応
台湾政界のほか、台湾社会にとって、香港デモが重要な含意を持つ。まず、言語上、台湾も香港も中国語を使うため、意思疎通がしやすい。長らく台湾と香港は人的交流と往来が盛んであり、香港の飲食や芸能などの文化に親しく感じる台湾人も少なくない。これを背景に、香港市民がデモ抗議で警官隊から暴力を受けるのを目の当たりにした台湾人は、自然と同情を寄せるのも理解できよう。「台湾民意基金会」が6月23日に発表した世論調査によると、70.8%の台湾人が香港デモを「支持する」。その中で、「強く支持する」のは48.2%に達し、「支持しない」と答えたのは12.6%に過ぎない。
こう考えると、台湾人とって、香港の抗議デモは、すでにデモンストレーション効果を発揮している、と言えなくもない。周知のように、中国政府は、いまだに台湾に対して「一国二制度」を放棄していない。そのため、香港は台湾統一を実現するまでの、実質上の「一国二制度」モデルケースとなる。もし台湾は統一に応じれば「一国二制度」の下で香港と同様に自由を享受できるという。言ってみれば、香港は、台湾の人心収攬の手段そのものとなる。しかし、現に香港市民が抗議デモで暴力を受けた生々しい映像は、台湾のテレビで流れており、台湾市民が抱く中国統一への危惧を深める一方だ。そして、その危惧が行動を促している。
6月16日、台湾立法院の前で「条例」改正に反対する集会が行われ、香港市民にエールを送った。集会では香港の民主化運動家が現場で講演をし、台湾に支持を呼び掛けた。約1万人も参加したという。
また、先に触れた台湾大学構内のイベントのような応援活動の他、最近、台湾に滞在する香港留学生は、「ヘルメット寄付」を呼び掛けている。それは、デモ参加者が警察に警棒で殴られ、頭部がケガしたニュースが台湾で流れ、台湾の香港留学生はデモ参加者を助けたいと思い、不要なヘルメットを集めて香港の抗議者に届けようという活動である。その背後に、香港ではバイクに乗る人が少ないため、ヘルメットの店も少ない、という事情がある。
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社会意識の変化:台湾と香港
こうした香港デモへの応援行為を通して、台湾社会の意識が変化している。台湾・政治大学選挙研究センターの意識調査の結果(2019年7月10日発表)から、56.9%の台湾人が自身を「台湾人」だと思い、前回の54.5%より上昇したことが分かった。同センターは1992年から半年もしくは1年置きに行われた調査結果をまとめ、統計を公表しているが、今回は5年ぶりに上昇した。この変化の背後には、香港デモと習近平・中国国家主席の年頭講話の影響がある、と蔡佳泓・センター長がコメントしている。
また、香港のデモは、台湾人の応援をもたらしたほか、香港人自身の両岸関係に対する認知や立場にも、影響をきたしている。香港大学「民意研究計画」の研究調査によると、65%の香港市民が両岸統一に「自信がな」く、それは「自信がある」と答えた27%を大幅に上回る。また、63%は「台湾へ一国二制度が適用しない」と考え、「適用する」と答えたのは27%に過ぎない。それに、「台湾の国連加盟」について、57%が「賛成」し、27%が「反対」する。
このような香港人意識は、「統一のモデルケース」・香港になるよう台湾人を説得できるどころか、台湾人の統一拒否の決意を強くするだけだと考えられよう。
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両岸関係・統一政策へ逆効果
事情をさらに複雑にしたのは、人民解放軍出動の可能性である。7月24日、香港政府からの要請があれば、人民解放軍を投入できる、と中国国防部の報道官は発言した。最終的に解放軍を出動するかどうかは定かではないが、その前に中国国防部の発言は、すでに台湾人の神経をとがらせてしまっているのだ。
中国は、台湾の外国武器の取得を阻もうとしてきた。なお、今年7月上旬、アメリカ政府は台湾への武器売却を承認し、中国から非難を招いた。そもそも習近平が今年の年頭講話に「武力による統一を放棄しない」と言明しているのだが、解放軍出動の可能性の示唆は、アメリカの武器売却、そして蔡英文政府の軍備増強の正当性を強めるだけとなろう。北京当局は、香港問題に強硬な姿勢で臨む前に、それに対する両岸関係への逆効果を先に検討すべきではないか。
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