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習近平はワグネル事件でプーチンへの姿勢を変えたか?
ワグネル創設者のプリゴジン氏(写真:ロイター/アフロ)
ワグネル創設者のプリゴジン氏(写真:ロイター/アフロ)

ワグネル事件によりプーチンの立場が弱体化したので、習近平が対露戦略を変えるのではないかという憶測が散見される。中国は今回の事件をどのように位置づけているかを考察することによって、その憶測に対する筆者の見解を示したい。

◆中国における初期報道

6月23日、ロシアの民間軍事会社、ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏がロシア国内のロストフ州で武装蜂起を宣言し、モスクワに向かって「正義の行進」をすると言ったことを、一部の中国人は「ワグナー行進曲」と称している。

「ワグネル」という名前が、ドイツの作曲家ワグナーに因んでいるからだ。それくらいの扱いであるという意味で、興味深い。

ベラルーシのルカシェンコ大統領が間に入り、「プリゴジンの乱」はわずか1日で終わった。するとロシアのルデンコ外交副部長(副外相)が訪中し、秦剛外交部長(外相)と対談した。これを中国の外交部が発表したのが6月25日15:46で、短く「中露関係や共通の関心事である国際・地域問題について意見交換した」とのみ報じている。

また同日の21:40には、中国外交部は定例記者会見における記者の質問と外交部報道官の回答を短く報道している。記者からワグネル事件に関して「中国はどう思っているか」と質問されたのに対して、報道官は「これはロシアの内政問題だ。友好的な隣国として、また新時代の全面的な戦略協力パートナーとして、中国はロシアの国家安定を維持し、発展と繁栄を実現することを支持する」と回答したのみだった。

しかし、実は6月25日の07:47という早朝に、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版である「環球時報」電子版が<ワグネルの「24時間の反乱」>という見出しで、長文の論考を掲載していたのである。

それはあまりに長いので、要点をまとめるのが困難だが、なんとかまとめてみると、以下のようになる。

●プーチンは「裏切り者」を批判し、「武装暴動を組織した人々の排除」を要求すると演説したが、その後、プリゴジンはベラルーシに行き、プリゴジンに対する刑事訴訟は取り消された。

●ワグネルはロシアで最も優れた軍事民間企業とみなされており、ロシアの軍事目標を達成し、ウクライナを含む世界中の現地情勢に介入する上で大きな役割を果たしてきた。しかしプリゴジンは、不十分な兵站、ロシア国防省からの不十分な支援、およびロシア政府の「官僚主義」について繰り返し批判し、ロシア正規軍との相克が顕在化した。

●しかし、プリゴジンはベラルーシのルカシェンコ大統領の調停を受け入れたとされている。CCTVのニュース報道によると、24日の朝、プーチン大統領はロシア南部のワグネルの状況について電話でルカシェンコに説明し、両首脳は共同行動を取ることに合意した。その後、ルカシェンコはプーチンの調整の下でプリゴジンと会談した。会談は一日続き、双方はロシア領土での流血を止めることで合意に達した。

●ベラルーシ側は、有利に受け入れられる解決策を提案し、ワグネル軍の安全も保証できると述べた。ペスコフによると、ルカシェンコとプリゴジンは20年以上前からお互いを知っており、プーチンに任命された調停者であると述べた。(以上は6月25日朝の環球時報の概要。)

6月26日になると、環球時報は新華社の情報を転載し、<ホットなQ&A:ワグネルをめぐる緊張は、なぜ急速に緩和されたのか>というタイトルで、これも非常に詳細に事の顛末を解説している。

◆背後にはプリゴジンの金銭問題か

6月28日には大きな展開が見られた。中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVのウェブサイトは、<プーチンは武装反乱鎮静化に貢献した軍人たちと会い、ロシア政府がワグネルに年間860億ルーブル(約10億ドル)を支払っていたことを明らかにした>という生々しいタイトルでワグネルの金銭的実態を報道した。

それによれば、以下のような金銭的実態があったようだ。

●プーチンは27日、ワグネル事件の鎮静化に貢献した強力な部門の代表と会い、反乱を抑制したことに感謝し、同時にロシア政府がワグネルに2022年5月から2023年5月までの間に862億62万ルーブル(約10億ドル、約1400億円)を支払っていたことを明らかにした。

●プーチンによれば、ワグネルは国の資金で賄われているが、この860億ルーブル以外にも、民間軍事企業の所有者であるプリゴジンは軍事関連事業から多くのお金を稼いでおり、たとえば昨年、「彼は軍に食料とケータリングサービスを提供することで800億ルーブル(約9億4万ドル)を稼いだ」と述べた。合計約20億ドルに近い金が彼に支払われれるので、今後はむしろ、ロシアの法執行機関がワグネルとプリゴジンに支払ったお金が、どこに行ったのかを調査するとプーチンは述べた。

●プリゴジンは、ロシア軍がワグネルへの弾薬供給を差し控えていると繰り返し非難し、ショイグとゲラシモフを標的として、軍の腐敗を激しく批判してきた。しかし、今度は逆に、プリゴジンに流れた資金のゆくえを捜査することになるだろう。(CCTVの報道は以上。)

◆核心に迫っていく中国の報道

6月30日、中央テレビ局CCTVは<ロシア下院の国防委員会委員長「ワグネルはロシア国防部(省)との契約締結を拒否していた」>というテーマで緊急報道を行った。文字がないので、類似の内容を文字で報道している中国政府系メディアの<ワグネルはなぜ反乱したのか?ロシアの上級議員がいくつかの理由を挙げた>で、何を報道しているのか概観し、おおむねの内容を以下に示す。

――6月29日のRT(Russia Today)報道によれば、ロシア下院のアンドレ―・カルタポロフ(Andrey Kartapolov)は、ワグネル事件が起きる前、多くの民間軍事会社(傭兵集団)の中で、ワグネルだけがロシア国防部と合同の軍事組織になることを拒絶した。このロシア下院国防委員会委員長は、他の民間軍事組織は全て、ロシア軍と同じ組織に入り、正規軍になることに同意したのに、プリゴジン一人だけが強烈に反対し、正規軍になることを拒絶した。

もし正規軍になると、これまでプリゴジンが享受してきた膨大な収入が彼のポケットに入らなくなるので、拒否したものと思われるが、もしロシアの正規軍にならないのなら、ウクライナでの軍事作戦への参加を継続することは許可されないと国防委員長は語った。軍事作戦に参加しないのなら、当然のことながら、これまでのような潤沢な資金や物質的な供与は無くなることを意味する。プリゴジンにとっては、資金調達こそが最も重要な要素で、おそらくこのことが理由で、反乱を試みたものと思うと、国防委員長は語っている。

◆スロビキン副司令官逮捕はフェイク・ニュースか?

一方、ロシアのメディアの一つである「モスクワ・タイムズ」が29日、ロシア軍のスロビキン副司令官が逮捕されたと報道し、ニューヨーク・タイムズも米政府高官の話としてスロビキンがプリゴジンの反乱計画を事前に知っていたとみて、彼がプリゴジンの反乱実行を助けたのか確認していると報道しているようだが、中国では、これは「フェイク・ニュースだ」という情報が流れている。

6月29日のThe Paperは、<ワグネル反乱後、スロビキンが逮捕された噂が流れているが、彼の娘は「噂は真実ではない」と述べた>と報道している。

筑波大学の教え子でロシアに戻った元ロシア人留学生に確認してみたところ、「モスクワ・タイムズは西側のニュースをそのまま流すところで、西側が希望するフェイク・ニュースも流しますから、私は信用していません」との回答を得た。

真実は那辺(なへん)にあるのか、まだ分からないが、「モスクワ・タイムズ」が西側によって操作されているメディアであることを知ったのは、大きな収穫だった。

◆習近平の対露姿勢は変わっていない

以上、中国における報道の内容から見て、習近平の対露姿勢は変わっていないと結論付けることができるだろう。むしろ、習近平は、国家主席になった2013年から軍の腐敗を徹底して摘発する戦略を実施し、おおむね腐敗が撲滅された2015年末に、軍事大改革を行って、軍事に関しては全て一律に中央軍事委員会が直轄する大きな組織改造を行った。

したがってロシア国防部が傭兵のような民間軍事組織をまだ温存させていたことには違和感があっただろうし、このたび傭兵を撤廃してロシアの正規軍に編成していくことにしたのは、実に好ましいことだと受け止めているだろう。

『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』に書いたように、これまで通り内政干渉をすることなく、軍冷経熱という対露戦略を貫いていくのではないかと思われる。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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