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香港は最後の砦――「世界二制度」への危機
香港「逃亡犯条例」改正巡り混乱続く 空港で抗議デモ(提供:アフロ)

 逃亡犯条例改正案をめぐって香港市民の抗議デモは激しさを増している。西側諸国の価値観と中共一党支配の思想がせめぎ合う香港は、一国二制度に留まらず「世界二制度」を防ぐ最後の砦だ。日本は黙っていていいのか。

◆香港史上、最大規模のデモ

 1989年6月4日の天安門事件に抗議するデモには、最大で約 150万人の香港市民が参加したと言われている。

 その後大きかったのが、2003年の「香港基本法23条 国家安全保障条例」案に反対したデモで、参加者は50万人。それでも法案の撤廃にまで持っていった力は大きい。廃案だけでなく、その時の行政長官を辞任にまで追いやったことにより、香港市民の言論の自由を守る熱情は自信を増していった。

 それは2011年に北京政府から要求された「愛国主義教育」に抗議する運動にも反映されて、翌年には無期延期に追い込んでいる。そのとき活躍したのは1996年生まれのジョシュア・ウォン(黄之鋒)だった。彼は「学民思潮」を結成して2011年6月27日に国会に相当する立法会で発言し、父母や教員まで動員するデモをリードしていった。当時まだ15歳。史上最年少のデモ統率者と言えよう。このときのデモ参加者は実はそれほど多くはない。それでも無期延期にまで追い込めたのは、高校生を含む学生や市民の自発的な行動だったからだ。

 ところが普通選挙を求めて2014年に展開された「雨傘運動(雨傘革命、オキュパイ・セントラル)」の場合は、述べ120万人もの学生や市民が参加したというのに失敗に終わっている。この詳細は一冊の本にまとめて分析したが、思い出すのも心が痛む。

 要は、外部勢力、アメリカの全米民主主義基金(NED)が入り込んでいたために、内部でベクトルが混濁し、求心力を失ってしまったのである。NEDは各国の民主化に貢献する役割を果たしているので悪いことではないが、香港の場合は事情が少し異なる。その議論は2015年3月30日のコラム「香港デモ、背後にAIIBの米中暗闘――占領中環と全米民主主義基金NED」でも述べているので、興味のある方は、そちらを覗いていただきたい。

 今回は背後にNEDの力も台湾独立派の力も働いていない。香港市民自らが、「自分もいつ疑いをかけられて拘束され、大陸に渡されるかしれない」という非常に現実的な恐怖感あるいは危機感に駆られて、自発的に参加している。だから強い。

 主催者側の発表だが、最も多い時で200万人に達したという。香港史上、最大規模となっている。

◆香港市民の「一党支配体制」への警戒感

 2019年1月22日、香港大学が行った意識調査が発表された。

 テーマは「あなたは台湾独立に賛成しますか?」「あなたはチベット独立に賛成しますか?」あるいは「あなたは台湾と大陸の両岸統一を支持しますか?」など、非常に興味深いものだ。要は「一党支配体制」への警戒感を調査したということになる。

 本来なら直接「あなたは北京政府を支持しますか」とか「あなたは北京政府が好きですか」あるいは「あなたは一国二制度を支持しますか」といった香港市民にとって最も切実な質問をしたかっただろうが、それをせずに、他の質問によって代替しているところが、なんともその苦しさを表していて、香港の現状を逆に映し出している。

 民意調査の結果、以下のようなことが分かった。

1.あなたは台湾独立に賛成しますか?

 18~29歳:賛成 58%

 30~49歳:賛成 41%

 50歳以上:賛成 21%

2.あなたはチベット独立に賛成しますか?

 18~29歳:賛成 43%(2000年以来の最高比率)

 30~49歳:賛成 24%

 50歳以上:賛成  9%

3.あなたは(台湾と大陸の)両岸統一を支持しますか?

 18~29歳:支持する 21%(支持しない75%)

 30~49歳:支持する 27%(支持しない64%)

 50歳以上:支持する 30%(支持しない54%)

 香港大学のウェブサイトには、「昨年の調査では約37%の青年層(18~29歳)がチベット独立に賛成していたのだが、今年は43%となり、2000年から調査を始めて以来、最高のパーセンテージになった」という解説がある。

 変わらないのは、若年層であればあるほど「独立」に賛成で、年齢が上がるにつれて「独立反対」が多くなるとのことだ。

 もう一つ特徴的なのは、今年は全体として60%以上の人が「台湾と大陸の両岸統一に反対」で、54%の人が「台湾はもう一度国連に加盟すべきだ」と言っていることだと解説している。

 つまり、香港の多くの若者が北京政府の支配に対して「ノー」を突き付けているという証なのである。

 それは習近平体制になってから、言論弾圧の程度がますますひどくなってきたことと、実際に香港の書店の経営者などがつぎつぎと北京政府に拘束されるような事件が頻発したからに他ならない。

 だから2014年の雨傘運動の失敗を繰り返さないように、これをラスト・チャンスと位置付けて若者を中心に頑張っている。高年齢層になると大陸との経済的癒着が強くなり、北京政府の顔色を窺う傾向が強まってくる。

◆香港は「民主」の最後の砦:「世界二制度」に移行しないために

 米中対立が激化しているが、その根本原因が習近平政権のハイテク国家戦略「中国製造2025」に象徴されるハイテク戦争であることは、これまでに何度も論じてきた。

 その中で、トランプ大統領はいま社会主義国家を潰そうと考えているという期待も抱かれている。その意味では米中対立は西側文明と社会主義国家という共産主義的思想のぶつかり合いだという見方もできる。

 香港は早くから、そういった二つの大きな文明がぶつかり合う場所でもあり、共存する場所でもあった。

 1949年に現在の中国、すなわち中華人民共和国が誕生すると、大陸にいた多くの資本家や自由を求める人々は中国共産党による一党支配体制から逃れるために香港に逃げた。それまでの国民党政権であった中華民国時代は、少なからぬ大陸の人々は中国共産党のことを「共匪」(匪賊、共産党)と呼んで恐れていた。

 1966年に文化大革命が始まると、まだ大陸に残っていた庶民の一部は闇に紛れて、迫害から逃れるために、やはり香港に逃げ込んだ。香港にはまだイギリスの植民地としての「西側文明」が存在していたのである。

 1978年に中国が改革開放を始めると、香港は大陸にとって金融センターとしての重要な役割を果たすようになり、ますます西側諸国と社会主義国家・中国の橋梁としての存在感を強めていく。

 そして運命の1997年7月1日――。

「一国二制度」の名の下に香港がイギリスから中国に返還されると、中国共産党の一党支配が及ぶのを恐れて、金銭的ゆとりのある香港人はカナダやドイツ、イギリスあるいはオーストラリアなどに逃れてチャイナ・タウンを拡大していった。

 習近平政権が誕生するまでは、香港は中国にとっての重要な金融センターの役割を果たしていたが、習近平がAIIB(アジアインフラ投資銀行)と「一帯一路」巨大経済圏構想を動かし始めると、香港の役割は変わってきた。金融の中心は香港ではなく「北京と上海」に移り、香港は「一帯一路」の一中継点として大陸に飲み込まれそうになっていったのである。

 いま、民主主義のメッカであったはずのアメリカでは、トランプが「アメリカ第一主義」あるいは「一国主義」を唱えてグローバル経済に背を向け、その隙間を狙って習近平がグローバル経済の覇者になろうとしている。

 一帯一路の沿線国と称しながら東南アジア、中東、アフリカそしてヨーロッパと、地球上のほぼ70%の国家を飲み込み、さらにBRICS+22やアフリカ53ヵ国およびラテンアメリカ諸国まで中国側に引き寄せて、国連加盟国193ヵ国に迫る勢いだ。

 アメリカに追いつき追い越そうとしている中国は、今や世界を二極化しながら世界の頂点に立とうとしている(参照:「鍵を握るのは日本か――世界両極化」)

 世界の二極化だけならまだしも、極端なことを言えば、中国が頂点に立ち制度だけが異なる「世界二制度時代」が来る危険性は否定できない。それだけは何としても避けなければならないのである。

 この時に、まだ「民主」が残っている香港が、完全に一党支配体制の管轄下に入ってしまったら、わずかに残っている「一党支配に抵抗する民主の砦」は消滅する。

 そして台湾が吸収され、中国は第一列島線を占拠して日本に迫ってくるだろう。

 中国(北京政府)は、今年が中華人民共和国70周年であることから、香港と台湾を一気に中国側に引き寄せたい。だから今年元旦の「台湾同胞に次ぐ」スピーチの中で、習近平はこれまでの台湾との「92コンセンサス」から台湾に対しても「一国二制度」を実施する方向に持っていくと宣言し、香港の「民主主義のために戦う人士」を早いとこ大陸の監獄に閉じ込めるべく、「逃亡犯条例改正案(犯人引き渡し条例)」を通させようとしたのである。それが今も続いている香港デモの原因だ。

 だというのに今、日本は何をしているのか。

 小国(韓国)を叩くのには「毅然」として、大国・中国には媚びへつらっているではないか。「奴隷根性」と誹られても仕方がないだろう。

「習近平さまさま」が「国賓として訪日して下さる!」

 そのことを、まるで宝物のように、戦利品のように、自慢している内閣がどこかにいる。

 1992年に天皇陛下訪中を可能ならしめて、今日の中国の繁栄をもたらした国は日本だ(参照:「日ロ交渉:日本の対ロ対中外交敗北(1992)はもう取り返せない」)

 次は、言論弾圧をする強権国家・中国が、アメリカを超える日をもたらしめたいとでもいうのか。

 このたびの香港市民の抗議運動に関して多くの西側諸国から中国に対する抗議声明が出されている中、日本は何をしたのか。

 香港大学の民意調査が示すように、日本の内閣にとっては経済界の意向が重要なのだ。そこには票田がある。

 実に情けない。

 

 それに比べて香港の若者たちはなんと勇気があり、なんと輝いていることか!

 香港の若者よ、頑張れ!

 香港市民よ、弾圧に屈するな!

 あなたたちは民主の砦だ。世界の希望だ。

 日本の片隅からエールを送りたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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