中央アジアでは中国の存在感の高まりに対する懸念の声が多く、同地域のどこかしらでしばしば大規模な抗議行動に発展している。問題や障害をはらんだ関係ではあるものの、安全保障というデリケートな領域においてさえ、同地域における中国の影響力は高まっている。
こうした状況の背景には主に2つの要因がある。第一に、中央アジア諸国は独立を勝ち得て以来、ロシアへの歴史的な依存関係から脱却するべく、それぞれ独自の形で世界と結びつくことを外交政策の主目標に掲げてきた。第二に、中国の台頭に伴い安全保障の傘を拡げる必要も生じることとなったが、中央アジアは地理的に、丁度その傘に収まる位置にある。
中央アジア諸国が多方面外交政策を放棄する、あるいは中国が安全保障の傘を強化するような事態は想像しにくいゆえ、これら2つの要因が外的ショックの影響を受けることはないだろう。ゆえに、安全保障問題における中国と中央アジアとの和解は、長期的トレンドとして観察するべきものであり、強化されるとしても数年単位での話になるだろう。
こうしたパートナーシップが将来向かう方向を把握するには、現在の状況を仔細に観察する視点が求められる。
根本的な問題
中央アジアにおける中国の存在感といってまず挙げられるのが、中国経済である。実際、中華人民共和国は同地域における主要経済パートナーの1つであり、国によっては最大の経済パートナーとなっている。
2021年のデータによれば中国は、カザフスタン(182億米ドル)、ウズベキスタン(74億米ドル)、キルギス(15億米ドル)では中国が第二の主要貿易相手国であり、またタジキスタン(8億3,930万米ドル)とトルクメニスタン(10億米ドル)では第三の主要貿易相手国となっている。中国による中央アジアへの累積投資額は、2020年までに120億米ドルを超えている(ロシアによる投資額41億米ドルの3倍超)。
近年、安全保障面でのパートナーシップ強化(例えば、タジキスタンに2か所目となる中国の「軍事基地」が設置されたとのニュースなど)が見られるが、これはダイナミックな経済協力の結果であるとの見方が一般的である。中国が関心を寄せているのはこの地域への経済進出に限られており、安全保障に関してはロシア頼みを容認しているものと広く考えられてきたが、今やその状況が変化を迎えつつある、と推測する向きも多い。
とはいえ、現実は異なる様相を呈している。独立国家の成立直後、中国が中央アジアに対して最初に一歩を踏み出したのは、まさに安全保障の領域においてであった。これは主として、ソ連崩壊後に中国が不本意な立場に立たされたことによる。かつて中国と国境を接していた1つの国家に代えて、新しい国家が多数出現した。ゆえに1990年代初頭の時点では、新しい国家の政治体制が北京にとってどのようなものになるのか、どのような発展の道を選ぶのかは未知数であった。
新疆ウイグル自治区(XUAR、Xinjiang Uygur Autonomous Region)との国境に中央アジアの5つの独立国からなる地域が生まれたことも、状況を複雑にしていた。北京が最も危惧していたのは、民族的、文化的、言語的に中央アジア諸国と近い新疆において、近隣諸国の独立を手本として分離独立の気運が新たに高まることであった。
そこで北京はまず、この地域に出現した国家が「東トルキスタン」独立に向けたさまざまな運動の活動家を支援することなく、むしろ分離主義の芽を摘むために協力してくれることを、確認しておく必要があった。こうした問題は当初、首脳レベルで議論された。例えば、1996年に中国の江沢民国家主席が初めて中央アジアを歴訪した際、「軍事面での相互信頼を強化する」という約束とともに、あらゆる分離主義的感情に対抗するという統一見解が文書化された。
中央アジアの政治体制側もまた、新たな関係確立を通じて隣の大国たちの支持を得る必要に迫られていたのである。
当初、ウイグル人活動家を支援する試みは、現地レベルで個別に行われていた。ある推計によれば、中央アジアには約50万人のウイグル人が住んでいると言われ、東トルキスタン独立運動の支部を設立しようとする人々もいた。しかし国家レベルでは、ウイグル分離主義への支援が表沙汰になることはついぞなかった。中央アジア諸国の指導者たちは、仮に支援したところで中国国内のウイグル人やイスラム教徒の置かれた状況を大きく変えることはできず、支援に失敗すれば逆に北京を怒らせるだけだということを理解していた。加えて、タシケントのウズベキスタン政府は国内のカラカルパクスタン自治共和国で、ドゥシャンベのタジキスタン政府はパミール地方で同様の問題に直面しており、ゆえに新疆ウイグル自治区よりも北京と強いつながりを持っていた。
中国と中央アジア諸国による多国間安全保障協力の先駆けは、「上海ファイブ」(中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)による領土問題解決を起源とするものであった。2001年、この体制をもとに上海協力機構(SCO、Shanghai Cooperation Organization)が誕生した。SCOは現在、中国が中央アジア諸国と多国間安全保障協力を行う際の主な舞台となっている。
中国と中央アジア諸国との協力における第三の重要な側面は、9.11アメリカ同時多発テロ事件以降展開されることになる、全世界的なテロとの戦いを契機として生まれた。同じ頃、中国は分離主義、過激主義、急進主義をまとめて「三悪」と名指しし、中央アジアは中国西部と「危険な」アフガニスタンとの間の緩衝材として位置付けられた。2021年、首都カブールでタリバンが権力を掌握したことで、中央アジアのこの役割は北京にとってさらに重要な意味を持つようになった。
中国と中央アジアの間で展開されているいずれの経済活動も、上記の安全保障協力において各国間のコンセンサスがなければ実現不可能だったろう。また、地域の経済発展に関与している背景には、新疆ウイグル自治区の情勢を安定させたいという思いも混じっている。中国「経済の奇跡」がもたらした影響の受け止め方は、国内の各地域によって異なっていた。沿岸地域が過去数十年にわたって繁栄を享受していたのに対し、北西地域の状況は不況の方向へと転じており、こうした幸福度の違いが既存の問題をひたすら悪化させていた。発展における地域ごとの温度差を埋めようとした最も野心的な計画の一つが、習近平国家主席が10年ほど前にカザフスタンで打ち出した、シルクロード経済ベルトにおける陸上版「一帯一路構想」であった。
権益の保護
安全保障分野における中国と中央アジア諸国との実質的な協力が始まったのは、2000年代に入って、当事者間で領土問題の解決に合意し、分離主義の支持を認めないという共通認識が確立した後のことである。1990年代には、主として積極的な軍事外交によって接点を作ることで、共通の土台を見出していた。
国交樹立から2020年まで、さまざまなレベルの会合で安全保障問題についての協議が行われ、その回数は合計300回近くにのぼっている(中国とキルギス76回、タジキスタン66回、ウズベキスタン59回、カザフスタン51回、トルクメニスタン24回)。2000年代初頭から2020年までの間に、中国国防省の高官と中央アジア諸国高官との間では約150回の会合が行われた。
1990年代は、分離主義との戦いが主な議題であった。中央アジア諸国にとって、新しく成立した政治体制の安定を内外両方向から強化するためには、新疆ウイグル自治区における分離主義との戦いで北京と協力する方がより有益であった。中央アジア諸国が中国との協力を密にするほど、諸国に離散したウイグル人の生活は困難なものとなった。当局は政治とは無関係のものも含め、すべてのウイグル人組織の活動を禁止し、その際に一部の分離主義活動家は死亡し、他の活動家もまた迫害され、あるいはこの地域から逃がれていった。ウズベキスタンなど一部の国では、ウイグル族を国内少数民族として認めないという姿勢を取っている。
その後2000年代に入ると、各国はテロリズムとイスラム過激派(いわゆる「三悪」)に対する戦いに焦点を当て始めた。実際にそれは、合同軍事演習の開始や法執行機関どうしの緊密な交流を意味していた。中国人民解放軍(PLA)は、中央アジアの国と初の二国間軍事演習を実施した(2002年10月、キルギス)。以降、中国人民解放軍はこの地域のすべての国々と12回以上の二国間軍事演習を行っている。さらに中国と中央アジア諸国は、上海協力機構の傘の下での多国間軍事演習を行っており、その回数は2003年以降、20数回にのぼっている。
中国の安全保障部隊が中央アジアの部隊と演習を行う際の主なシナリオは、参加する国や状況によって異なる。例えば最近では、サイバースペースでの演習が頻繁に行われるようになり、ソーシャルメディア上にある過激派資料を特定したり、インターネット上で活動するテロリスト集団のデータを交換したりする訓練を軍が共同で行っている。
2016年以降は、テロリスト集団根絶に向けたシナリオが頻繁に作られるようになった。それはこの年が、中国と中央アジア諸国との関係における転換点となったからである。2016年8月、キルギスの首都ビシュケクにある中国大使館でテロ事件が勃発、自爆テロ犯がゲートに突入して自爆した。中国側の負傷者はゼロであったが、この出来事は同地域に関する中国の政策に相当の心理的影響を及ぼした。以来、それまでにも議論されてきた「三悪」との戦いにおけるパートナーシップを補完する形で、中央アジアにおける中国国民の安全確保という問題も取り沙汰されるようになった。
中国が自国民の安全保障に注意を払うようになった背景には、テロ事件もさることながら、中央アジア諸国の社会において中国の影響力に対する不満の度合いが高まり始めていたことも関わっている。2016年春には、中国による土地の買収を懸念してカザフスタンで大規模な反中国集会が行われたが、同じ出来事が2019年秋にも繰り返された。そうした行動の大部分は平和的なものであったが、中には暴力沙汰になったものもあった。例えば2018年には、キルギスでデモ隊が中国の金精錬所にするという事件が起こっている。
中国側は中央アジア諸国当局との対話に加え、同地域における中国の民間警備会社の活動を奨励するようになった。現在、中央アジアにある中国関連施設が中国の民間警備会社によって警備されているケースは、キルギスを中心に数十件にのぼっている。
ロシアとの対立?
中央アジアの安全保障分野において中国が示している存在感の基盤は、北京の最も重要な国益と結びついている。しかしこれは、協力関係がこうした利益の枠を超えて新たな方向へ発展する見込みが薄い、ということを意味するものではない。
特定の問題をめぐって北京側の活動が活発化しているとはいえ、中国がロシアに代わって中央アジア地域の安全保障の中核を担うことはないだろう。今のところ、中国の存在感はロシアのそれとは比較にならない。モスクワ以外に、中央アジアで公然と軍事的存在感を発揮する合法的手段(集団安全保障条約機構=CSTO経由による)を持つ存在はなく、クレムリンは2022年1月にカザフスタンでこの力を見せつけている。また、中央アジアにおいてロシアと同数・同規模の軍事施設を持つ国は他に存在しない。
だがその一方で、この地域における中国の影響力増大も無視できないレベルにある。特に武器・軍備分野の貿易統計において、それが顕著に表れている。1991年以降、ロシアは中央アジアに約40億米ドル相当の武器・軍備を売却しており、依然として主要供給国の地位を占めている。ちなみに、CSTO加盟国がほぼすべての武器をロシアから輸入しているのに対し、ウズベキスタンとトルクメニスタンでは事情が異なっている。タシケントだけ1991年以降、ロシアからよりも中国からの兵器購入額が高くなっている。中立の外交政策を堅持するトルクメニスタンでも、2014年から2018年にかけてロシアから購入した兵器の数は中国からの購入数を下回っている(ただし、トルクメニスタンへの主な兵器供給国はトルコであることは強調しておくべきだろう)。
こうした状態については、軍備市場におけるモスクワと北京の専門性の違いによって説明がつく。中央アジア諸国が主に装備しているのは、中国の無人攻撃機「翼竜I(Wing Loong I)」、装甲車および偵察車両、地上発射型ミサイル、第3世代携帯式対空ミサイルシステム「前衛2(QW-2)」、移動型レーダーなどである。それ以外の航空軍備や陸上重装備などはすべて、ロシアから購入したものである。
中国と中央アジア諸国による軍事演習をロシアとのそれと比較した場合も、同じような特殊性が見て取れる。例えば、ロシアとの演習の大部分(65%)はロシア軍が取り仕切っているが、中国が参加する演習は特殊部隊だけでなく、様々な法執行機関によって行われている。
その他の事柄についても、中国はロシアと同じような行動をとっている。例えば、中国では中央アジア諸国の将校を対象とした訓練コースを提供しており、2000年以降、中央アジアの将校1,000人以上が、中国で様々な研修を受けている。
中国が中央アジアにおける安全保障上の有力プレーヤーとして台頭してきたことは、北京とモスクワの間に亀裂が生じる兆しだと見る向きが多い。特に、2021年タジキスタンに中国の新たな「軍事基地」が出現するというニュースが流れて以来、そうした議論が盛んに行われるようになった。ただし当面の間は、この地域でロシアと中国が対立する可能性は低いと思われる。その理由を説明しよう。
中央アジア諸国の中でタジキスタンは唯一、ロシアと中国そして他の国家とも安全保障問題で密接な協力関係を築いている。例えば、アフガニスタンとの国境に位置するタジキスタンのファルホール空港には、インド空軍が出入りしているとの情報もある。タジキスタンは2021年4月、イランとの合同防衛委員会設立に合意したほか、米国とは定期的に軍事演習を行っている。中央アジアで最も軍事力が弱いとされるタジキスタンの政治体制にとっては、安全保障上のパートナーの多様性こそが命綱となるのである。つまり、ロシアと中国が同時にタジキスタンに存在することには何の不思議もないということだ。
中国にとってタジキスタンは、この地域で唯一アフガニスタンと中国の両方に接している国として、重要な意味を持っている。タジキスタン国内では、テロや現地の過激派によるリスクも比較的高い上に、中国への麻薬密輸ルートの1つがタジキスタン-アフガニスタン国境を通っている。しかもこうした問題のすべてが、米国のアフガニスタン撤退を機に悪化の一途をたどっている。
しかし、この地域における中国軍駐留について語るのは時期尚早というものだ。正式には中国による中央アジアへの軍事進出の形跡はなく、タジキスタンの資料によれば、建設されるのはタジキスタン内務省のための「警察学校」とのことだ。1つ目の施設はすでに建設が終わっており、2つ目の施設はタジキスタン-アフガニスタン国境に近いイシュカーシム地域に建設される予定である。いずれも、かつてのシルクロードの一部をなす「ワハーン回廊」に位置している。
もう1つ、タジキスタンの施設の建設を担当しているのは中国人民解放軍ではなく、平時には法執行に従事する中国人民武装警察(国内の準軍事部隊)が建設していることも、理解しておく必要がある。
中国はこの武装警察を通じて、グローバルな軍事的存在感を高めつつあるが、その権限は徐々に拡大され、より軍事への関わりが強まっている。2015年の法律にもとづき、人民武装警察はテロとの戦いを担当することとされ、2018年からは文民機構への従属をやめて中央軍事委員会(中華人民共和国国家主席を長とする軍隊の最高指揮機関)の完全支配下に置かれるようになった。また、中国の国境地帯の管理について定めた法律(「陸地国境法」)により、2022年以降は人民武装警察も国境管理業務を担うこととなった。2000年代以降、人民武装警察は国連平和維持活動に派遣されている。
武装警察はこのほか、海外のパートナーとともに定期的に演習を行っている。パンデミック前、中国武装警察は中央アジア諸国の準軍事部隊と新しいタイプの演習「合作-2019(Cooperation-2019)」をスタートさせた。
言い換えれば、この地域における中国の行動を「軍事的存在感」と決めつけたり、世界における中国の軍事的影響力の増大をアメリカやロシアのそれと同一視したりするのは誤りということだ。このプロセスを「軍事的」存在感と呼ぶことは、現実を単純化するものであり、中央アジアにおいて中国が安全保障面で存在感を示している、という側面に目をつぶってしまうと、事の詳細を見落とすことになりかねない。つまり、軍隊への協力ではなく、地域諸国の国内勢力への協力である、という視点が抜け落ちてしまう。
中央アジアとの関係でもう一つ重要な点は、このような緊密なパートナーシップは、この地域からの要請なしには想像し難い、ということだ。中央アジアに関する重要事項がすべて、多大な影響力を持つ近隣の大国によって決定されている、という考え方は正しくない。事実、中央アジア諸国が過去、これほどまでに自立していたことはない。
ここまで述べてきた内容は、中央アジアをめぐってロシアと中国が衝突するという巷の予測に疑問を投げかけるものである。この地域の国々は大陸の奥まった地域に押し込められ海にも面していないため、影響力のある隣人が別の隣人を追い遣って利益を得るという心配もない。
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