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中国の経済的影響力維持を指示した習近平
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

対中包囲網を標榜するバイデン政権の対中貿易額が増加する一方、習近平は政治局会議を開き中国経済に関する外部環境に警戒を発した。チャイナマネーによる引力に陰りが出ると北京冬季五輪にも影響するからだ。都内では同日、駐日中国大使を遣って「反中感情を煽るな」という講演をさせている。

◆習近平が中共中央政治局会議を招集

例年の北戴河会議を前に、習近平は7月28日から立て続けに会議を招集しているが、7月30日には現在の経済情勢と今後の指針に関する中共中央政治局会議を開催した

会議ではコロナからいち早く回復した中国では、まだ回復しきれていない諸外国との交易による中国の経済成長を着実にさせてはいるものの、外部環境は複雑で厳しく、国内経済の回復は未だに不安定で不均一であることなどを指摘した。したがって今後は警戒を強め、中国独自でも成長していける堅実なものに持っていかなければならないことなどが議論された。

同日、国務院新聞弁公室で財政部が「中国の上半期のGDP成長は12.7%」と記者発表しているものの、習近平はむしろ「身を引き締めよ」というメッセージを発していた。

外部環境とは何を意味しているかと言うと、まずはアメリカの対中政策と実態がいつ急変するか分からないことと、中国以外の国がコロナ回復した時に中国を今現在ほどには必要としなくなるかもしれないということを指している。その変化に対応するためには、自国における生産の質を高めることと内需を強化し供給側の構造改革を進めるしかないと指示した。

国内経済が未だ不安定で不均一であるのは、たとえば必ずしもハイテク部品を国内生産できておらず、小売業などはアリババやテンセントなど大手IT企業によって独占されていて中小及び零細企業の活動の場が狭められていることなどを指す。中小企業から最先鋭のハイテク製品が生まれる可能性を育てよという指示も含めている。

会議はほかにももろもろの問題を討議したが、ここでは主として、現在はどのような「外部環境」にあるのかを考察してみたい。

◆激増したアメリカの今年上半期の対中貿易額

7月13日、中華人民共和国海関(税関)総署は「2021年1月から6月までの我が国における対米輸出入状況」を発表した。それによれば2021年上半期における中国の対米輸出は2528.637億ドルで前年度同期比の42.4%増であり、輸入は879.424億ドルで前年度同期比の55.8%増に達するという。

バイデン政権はあれほど激しく対中包囲網を呼びかけ、中国経済とのディカップリングを叫びながら、何のことはない、対中貿易額は激増しているではないか。

コロナがあったためであることは十分に考えられるので、それならトランプ政権以来の推移はどうなっているのか、他国との比較において考察してみたいと思う。

◆2016年から2021年上半期における対中貿易の推移

そこで税関総署における過去の統計から、以下のようなデータを拾ってみた。

    表1:2016年から2021年における上半期の輸出入額

中華人民共和国海関総署のデータより筆者作成

中華人民共和国海関総署のデータより筆者作成

ここでは比較対象国・地域として「アメリカ、EU、ASEAN、日本」を選んでみた。暦年データで上半期に絞ったのは、7月13日に発表されたデータが上半期だけのものなので、比較を公平にするためだ。

数字だけでは見にくいかもしれないので、輸出入総額だけをグラフにプロットしてみた。

図1:2016年から2021年の上半期における貿易額(輸出入総額)

中華人民共和国海関総署のデータより筆者作成

中華人民共和国海関総署のデータより筆者作成

図1から明らかなように、トランプ政権のときの対中経済制裁によって、ようやくその効果が表れ始めたのは2019年からだ。

2020年はコロナによるダメージを受けているので、どの国も貿易額が落ちているが、2021年に入ると軒並み対中貿易が急増している。もっとも日本だけはコロナ下にあってもなお対中貿易を閉ざしておらず、2020年で激減していないのは、主要国では日本だけと言っても過言ではない。何といっても中国が最大貿易国である日本は、世界でも特異な存在である。

それにしても、あれだけ中国とのディカップリングを叫んでいるバイデン政権は、何をやっているのか。現実と言葉の間に、あまりに大きなギャップがありはしないか。

◆ここ20年で世界の貿易相手国は中国に移っていた

そう思って意気消沈していたところに、それ以上に大きな衝撃を与えるデータを見つけてしまった。

イギリスの「エコノミスト」という雑誌にJoe Biden is determined that China should not displace America(ジョー・バイデンは、中国はアメリカに置き換わるべきではないと決意している)という論考が掲載されており、そこに以下のような図があるのを発見したのだ。

それは2000年におけるアメリカ(青)あるいは中国(赤)を最大貿易相手国としてきた国・地域と、2020年における国・地域を世界地図で色分けして比較したもので、最後にIMF(国際通貨基金)が示した「貿易統計の方向性」を添えている。

それを「図2」に示す。

「エコノミスト」の論考より転載

「エコノミスト」の論考より転載

図2の最後にある「% of global total」にご注目いただきたい。

2000年では「圧倒的にアメリカ」が主たる貿易相手国である国が多いのに、20年後の2020年では、「圧倒的に中国」を主たる貿易相手国とする国が増えている。

2010年で逆転していることに注目していただきたい。

これこそは正に、筆者が主張し続けている「天安門事件後の対中経済封鎖を日本が率先して解除した結果」が招いたものなのである。

このような決定をした日本政府を拙著『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』では「万死に値する」と書いたが、この事実が、IMFによって、このような「姿」で表されていることを知らなかった。

◆習近平の警告:IOCなど、世界を惹きつけておくためには「現状を崩すな!」

習近平が政治局会議で警鐘を鳴らしているのは「この現状を崩すな!」ということである。

金が金を呼ぶ――。

IMFのこの図は、「二つの物体間に働く力は質量に比例する」という、中学でも習う「ニュートンの重力」法則の類似性を、ふと想起させる。

「金の塊の大きさが大きければ大きいほど、もう一方の物体をより強く惹きつける」のだ。この「塊=チャイナマネー」の大きさを縮めてはならず、「その魅力を維持あるいは拡大させよ」というのが政治局会議で発した習近平のメッセージだと解釈することができる。

今のところバイデン政権は「口だけ」戦略だが、いつ「実質」を伴う方向に転換していかないとも限らない。だから「外部環境」が変化しても中国の影響力を維持もしくは拡大せよというのが習近平のメッセージなのである。

それ以前に「外部環境」が中国に不利な方向に変化しないように鋭意努力せよというのが中共中央から発せられた指示であると解釈しなければならない。

◆中共中央の指示に従い、都内のシンポジウムで駐日中国大使が講演

それを証明するかのように、政治局会議の同日である7月30日に、中国の孔鉉佑駐日大使が都内で開催されたシンポジウムで講演をし、日本側に「積極的な対中政策」を求めた。このことは朝日新聞DIGITALでも報道されているが、孔鉉佑は日中関係について「健全で安定的な発展が両国の根本的な利益だ」とした上で、「日本には反中感情を煽る勢力がある」と指摘しているようだ。

会議には中国政府から派遣されている御用学者であるような朱建栄(東洋学園大学教授)や極端な親中親韓で知られる鳩山由紀夫(元首相)などが出席し、どうやら「反中感情を煽る勢力」として筆者の名前も取り沙汰されたと友人が教えてくれた。

筆者は中国革命戦において共産党軍によって食糧封鎖を受け死体の上で野宿し、家族を餓死で失っている。その経験を書いただけなのに、中国語に翻訳したドキュメンタリーを中国政府はどんなことがあっても出版させなかった。中国を信じて、何十年待ち続けたかしれない。しかし、その願いは実現されなかった。それどころか中国共産党の負の側面(客観的事実)を書いたことによって私はまるで「犯罪者」のような扱いを受けている。

「事実を書く人間を犯罪者扱いする」社会を批判するのは良心ある者の取るべき姿勢であって、正義と良心において日夜真実を求めて闘っているだけだ。

中国は批判されたくないのなら、中国政府のスローガンである「実事求是(事実を事実として認め、真実を求める)」を実行せよと言いたい。

日本は政界だけでなくメディアを含めて、中共中央の掌(てのひら)の上で動いている。その現実を直視する判断眼を、心ある日本人は是非とも持っていただきたいと心から切望する。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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