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中山服をトップのみが着るのは中国政治の基本:建党100周年大会の構成と習近平演説を解剖
建党100周年祝賀大会 中山服を着て天安門楼上に立つ習近平中共中央総書記(写真:ロイター/アフロ)
建党100周年祝賀大会 中山服を着て天安門楼上に立つ習近平中共中央総書記(写真:ロイター/アフロ)

7月1日の建党100周年祝賀大会の構成と習近平の演説は強いシグナルを発していた。参加者が歓声を上げた個所は「人民の心」の表れだ。習近平だけが中山服を着ているのは中国の現役最高指導者のルールに過ぎない。

一、建党100周年祝賀大会の構成から見えるもの

◆大会冒頭の挨拶は民主党派の一つ「中国国民党革命員会」主席

何よりも驚くべきは、「中国共産党」の建党100周年祝賀大会だというのに、大会の冒頭の演説が習近平・中国共産党中央委員会(中共中央)総書記ではなく、中国国民党革命委員会の万鄂湘主席(全国人民代表大会常務委員会副委員長兼任)だったということだ。

この党は、いま中国にある「八大民主党派&中国工商業連合会&無党派人士」という「非中国共産党の党派」の一つで、1948年に孫中山(孫文)の妻・宋慶齢等を中心に結成された。 万氏は、「非中国共産党の党派」を代表して、中国共産党に祝辞を述べた。

拙著『裏切りと陰謀の中国共産党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』のp.88~p.90に書いたように、毛沢東は建国当初は「新民主主義体制」により国家運営を始めていたので、「新中国」の「中国人民政府」の指導層には、宋慶齢など多くの民主党派が入っている。

毛沢東が建国した当時の、この「新中国」と同じ形式を演出したわけである。

と同時に、中国には中国共産党以外に、「八大民主党派&中国工商業連合会&無党派人士」の代表が全国政治協商会議や全人代(全国人民代表大会)の代表を構成しているということを世界に示そうとしたものとみなすことができる。

6月25日には『中国新型政党制度』白書が出版され、民主党派等の存在をアピールしたばかりだ。

◆式典は青少年に重心

天安門広場を埋めた7万人に及ぶ参加者の中に、青少年の示す割合が多く、習近平の演説の前に少年先鋒隊(紅いリボンを締めたピオネール。6歳~14歳)と共青団(中国共産主義青年団。14歳~28歳)の代表たちが「私たちは共産主義の後継者」などという歌を歌い、また4人の代表が舞台の演出のように、中国共産党を讃える言葉を唱えて青少年全員で重ねて唱えるという演出場面があった。

建党100周年祝賀大会で歌う少年先鋒隊たち(CCTVの映像からキャプチャー)
建党100周年祝賀大会で歌う少年先鋒隊たち(CCTVの映像からキャプチャー)

事実、6月30日に新華網が発表した中国共産党員に関する統計によれば、35歳以下の党員は全体の約25%を占め、かつ2020年1月から2021年6月5日の間に新しく入党した党員数は473.9万人で、2020年は242.7万人、2021年6月5日までに231.2万人が入党しているので、2021年で急増していることになる。その中の35歳以下が80.7%を占めるので、「中国共産党の後継者」として若い世代が重要視されていることが分かる。

一人っ子政策で若者が激減し人口構成が危険な領域に入っている中、習近平がいかに若者党員を増やそうとしているかが見て取れる。ハイテクを進めていくためにも、大学生などの学生党員が求められており、習近平政権になってからは、党員構成として「学生党員」の統計を取るようになり、おおむね35~40%を継続している。

二、中山服と習近平の演説から見えてくるシグナル

◆中山服は特別ではない

なんだか日本のメディアでは盛んに習近平が 中山服を着ているので、「毛沢東を模倣した」とか「一人だけ権威付けを行っている」といった分析が見られるが、短絡的としか言いようがない。もっと言うならば、中国の政治を何も知らない者の分析とさえ断言することができる。

中山服は孫中山が考案したとされることからこの名が付いているが、これは毛沢東も蒋介石も来ていた服だ。新中国になってからは「人民服」とも呼ばれていた。

2012年12月に習近平が広州戦区を考察した時も、中山服を着ている

そもそも1998年11月に訪日した江沢民が宮中晩餐会に招かれた時に来ていたのも中山服で、中国としては最もフォーマルな服をまとったという意識でしかなかっただろう。

習近平も2018年11月にスペインを国賓として訪問し国王と面会しているが、その時も最もフォーマルな中山服を着ている

◆現役最高指導者は常に一人だけ中山服

一歩進んで言うならば、江沢民政権以降の中国には「現役の最高指導者だけが中山服を着て、他の人は背広を着るというルール」がある。

まず、江沢民が国家主席だった時の写真をご覧に入れよう。

これは建国50周年記念(1999年)の時の天安門楼上における江沢民と他の指導者の写真である。

建国50周年記念 江沢民国家主席だけが中山服を着ている(bilibili動画サイト)
建国50周年記念 江沢民国家主席だけが中山服を着ている(bilibili動画サイト)

古いのでCCTVの映像は探し出せず、動画サイトbilibiliの動画からキャプチャーしたものである。江沢民(国家主席)だけが中山服を着ていて、他の指導者はみな背広であることが一目瞭然だ。

しかも深圳商報を見ればもっと鮮明に分かるが、江沢民は毛沢東が着ていた同じ灰色の中山服を着ているのが分かるだろう。

胡錦涛の時はどうだろうか。

映像が不鮮明だが、2009年の建国60周年記念の時に、やはり胡錦涛だけが中山服を着ている。

原典:2009年10月のCCTV映像からのキャプチャー
原典:2009年10月のCCTV映像からのキャプチャー

真ん中にいるのが胡錦涛で、胡錦涛だけが白いワイシャツが見えてないので、中山服を着ていることが見て取れる。念のため江沢民と胡錦涛だけの写真を貼り付ける。

同じくCCTV映像からのキャプチャー
同じくCCTV映像からのキャプチャー

2015年9月3日、抗日戦争勝利記念日において、習近平国家主席は中山服を着て、江沢民と胡錦涛は背広であるという写真もある。

原典:中国新聞網
原典:中国新聞網

江沢民や胡錦涛以外の、天安門楼上に並ぶ他の指導層もみな背広だ。写真が多くなりすぎるので省略する。

そして最後に今般の習近平の中山服姿。

CCTV映像からのキャプチャー(2021年7月1日)
CCTV映像からのキャプチャー(2021年7月1日)

 

このように習近平だけが中山服を着ているが、これは「トップの最高指導者のみが中国伝統のフォーマルな中山服を着る」という、中国政治の基本ルールがあるからだ。

これを「習近平だけが権威付けをしようとしている」などと解説した全ての中国研究者には猛省を求めたい。もっと中国政治の基本を勉強なさった方がいいだろう。さもないと日本の視聴者や読者に、正しい中国分析を提供することができない。それは国益にも国民の利益にも反することにつながるので、注意を喚起したい。

◆新時代とは何かを明確にした

習近平の演説内容は共産党員網が正確に文字化して報道しているので、そちらを参照した。動画に関しては接続が不安定なので省く。この文章を見る限り「新しい道のり(新的征程)」が10回使われている、「新時代」が8回出てくる。

その言葉の周辺にある文章から読み取ると、これまで何度もコラム(たとえば6月25日のコラム<建党100年、習近平の狙い――毛沢東の「新中国」と習近平の「新時代」>など)で書いてきたように、「新時代」とは「アメリカと拮抗するところまで中国が力を持つようになった時代(中華民族が偉大な復興を成し遂げつつある時代)」のことで、「新段階に入った」という言葉は、式典における青少年たちの合唱のような讃歌の中でも語られている。長くなりすぎるので、ここでは省く。

◆習近平の鄧小平への復讐

演説の中で習近平の鄧小平への復讐が透けて見える個所がいくつかある。たとえば「以史為鑑」(歴史を以て鑑とする)を 10回も言っており、「初心」も 5回ほど言っているが、建党100年なので、100年の歴史を鑑とするのは当然で、「党の初心を忘れるな」と言うのも当然だろうと切り捨てるわけにはいかない。

拙著『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したように、習近平の父・習仲勲は毛沢東の革命根拠地となる「延安」を築いた英雄の一人だ。鄧小平は、毛沢東が習仲勲を高く評価していることを警戒して、冤罪により習仲勲を陥れ、16年間もの長きにわたって投獄・軟禁の月日を強いた。

その間、鄧小平は革命根拠地「延安」の重要性をかき消し、革命の初心を薄めていった。

だから習近平は今、その欠落を埋めるために「初心忘るべからず」を党のスローガンにして、鄧小平を乗り越えようとしているのである。

三、習近平の演説を遮るほどの歓声と拍手喝采に見る「人民の心」

演説の後半になると、習近平の言葉を遮るほどの歓声と拍手喝采が起きた場所が2回もあった。一ヵ所は以下の件である。

――中国人民は正義を敬い、強暴を恐れない民族で、中華民族は強烈な民族の誇りと自信を持っている。中国人民は、一度も他国の人民を虐めたり圧迫したり奴隷のように扱ったりしたことがない。過去も現在も、そして将来もそういうことはしないだろう。同時に・・・

と言った時だ。普通なら演説の段落となる区切りがあるときに拍手をするという暗黙の了解があるのだが、まだ言葉が終わってないのに拍手が起きてしまって、習近平の言葉が遮られてしまった。ようやく静まったので、習近平は「同時に」を二度言って言葉をつないだ。

――同時に、中国人民はいかなる外来勢力がわれわれを虐め、圧迫し、奴隷のように扱うことに対しても絶対に許さない・・・

習近平が息を継いで、次の言葉を言おうとしたときだ。ここでまた歓声と拍手の嵐が巻き起こり、習近平は言葉を中断して、喝采が終わるのを待たなければならなかった。そして次のようにこの段落の言葉を続けた。

――このような妄想を抱く者は、必ず14億の人民の血と肉を以て築いた鉄の長城によって木っ端微塵にやられるだろう!

この最後の「木っ端微塵にやられるだろう」の中国語は「頭破流血」という、『西遊記』に出てくる言葉だが、直訳すれば「頭が破裂し血を流すだろう」となる激しい中国語だ。散々な目に遭うという意味でもある。

この一連の言葉は、中国の国歌の冒頭の歌詞「立て!奴隷となることを望まない者よ!私たちの血と肉を以て私たちの新しい長城を築け!」をもじったものであることは、中国人なら分かるはずだ。

この段落が終わると、天地を揺らさんばかりの拍手喝采が起こり、「いいぞ―!」という意味の「好(ハオ)―!」という歓声がしばらく鳴り響いて、習近平は一時演説を続けるのを止めてしまったほどだ。

これは演説を聞くときのルールに逸脱した行為で、拍手喝采がいかに聴衆側から自発的に発せられたものであるかが窺(うかが)われる。

つまり、これは「人民の声」であることを示唆しており、多くの中国人民、特に若者はアメリカから中国が「虐められている」と感じており、アメリカが対中包囲網を叫べば叫ぶほど若者の愛国心が強化され、中国共産党への声援を強くしていくということを示しているのである。

しかも、あまり効力の高くない対中包囲網だとすると、アメリカは結局、中国人民の党への忠誠心を増強させる結果を招くだけになる。一党支配体制強化につながるのだ。

だから私は日頃から、バイデン政権の「実際には効力のない、表面上の対中包囲網」に対して警鐘を鳴らし続けているのである。

若者の心理を心得ている習近平は、さらに以下のように演説している。

――中国共産党と中国人民を分裂させようとする如何なる外国の企ても、絶対に成功しない。9500万人の中国共産党は絶対にそれを許さない!14億以上の中国人民も絶対に許さない!

これはポンペオ(元国務長官)が言った「中国共産党と中国人民を分離させろ」という言葉に対する抗議で、拍手の度合いが、その非現実性を表していると言っていいだろう。  

文字数が良識の程度を超えてしまったようだ。

今回の分析は、ここまでにしておこう。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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