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日本の外交敗北――中国に反論できない日本を確認しに来た王毅外相
王毅外相が来日(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
王毅外相が来日(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

王毅外相が尖閣を中国の領土としたのに対して日本がその場で反論しなかったことを中国は外交勝利と狂喜している。GDP規模が2025年にはアメリカの9割に及ぶとしたIMF予測を背景に中国は強気に出たのだ。

◆王毅外相に反論できなかった日本の無残な敗北

11月24日、中国の王毅外相は茂木外相と会談し、会談後の記者会見で「最近、一部の正体不明の日本の漁船が釣魚島(尖閣諸島)のデリケートな海域に侵入している。中国はそれに対して必要な対応をするしかない。この問題に関する中国の立場は非常に明確で、われわれは今後も引き続き中国の主権を守っていく」と述べた。

これに対して茂木外相はその場で反論することもなく、日中外相会談は有意義で喜ばしいものであったという趣旨の冒頭に述べた感想を否定もしていない。

実際の会談では日本は尖閣問題に関して「遺憾の意を伝え」かつ「改善を強く求めた」と言い訳しているが、中国側に百万回「遺憾の意」を伝えたところで中国はビクともしないし、「改善を強く求めた」と言ったところで、中国側は「中国の領土領海に日本の漁船らしきものが不当に侵入してくるのはけしからんことで、これを追い払うのは中国の当然の権利であり、追い払う際に船舶の衝突が起きないような海上のメカニズムだけは整えてもらいたい」という姿勢でしかない。

25日には菅総理とも会談したが、尖閣諸島問題に関して、やはり「中国側の前向きの対応を強く求めた」としているだけで、日本側は誰一人「尖閣諸島を中国の領土などと言うのでしたら、どうぞお帰り下さい。会談はここまでに致しましょう」とは言っていない。

中国側が300日以上にわたって尖閣諸島の接続水域や領海に進入を続けた上で王毅外相が来日したのは、ここまでの「侵入」でも日本側が何ら具体的な行動を「できないだろう」ということを確かめに来たのである。その証拠に、会談中にも領海侵犯を続行しており、それに対して日本が「こんなことをするようでは、日中会談は成立しないので、ここまでだ」と言わないということは、「この程度までの侵入を日本は黙認したのだ」というシグナルを中国に発したのに等しい。

◆中国のネットでは英雄扱いの「王毅凱旋!」

中国のネットでは、まるで「王毅凱旋行進曲」を奏でて王毅凱旋のお祭り騒ぎをやっているような熱狂ぶりだ。

われらが王毅、よくやった!

中国の外交勝利だ!

日本は釣魚島が中国の領土だということを黙認したぞ!

といった声に溢れている。

たとえば「釣魚島!訪日期間、王毅は遂に言ってのけたぞ!主権問題一寸も譲らず」「訪日で釣魚島に関して聞かれ、王毅はみごとにやり返した!」あるいは「25日、王毅日本で釣魚島問題を語る。中国の立場を明確にさせた意義は非常に大きい!」など、枚挙に暇がない。

なんということだ!

情けないではないか。

◆中国が強気に出たわけ――2025年GDP規模に関するIMF予測

実はIMF(国際通貨基金)のGDP予測によると、2020年の中国のGDPは前年比1.9%増で、主要国・地域の中で唯一のプラス成長になることが報告されている。さらに中国にとって大きいのは、GDP規模が2025年までにアメリカの約90%にまで達するというデータが出されたことだ。

以下に示すのは今年10月にIMFが「世界経済見通し」において予測したGDP規模の推移の内、アメリカ・中国・日本を抜き出して示したものである。点線は予測値で原典は全てIMFデータによる。

画像

この図表から読み取れるように、中国のGDP規模は以前からのIMF予測より早めにアメリカを追い抜きそうだ。2025年における予測値は「アメリカ/中国」=「23029.81/25783.44」=89.3%で、中国では2030年までに「中国はアメリカを追い抜く」と計算し意気込んでいる。

この予測値を背景に、王毅は日本に乗り込んできたわけだ。

王毅外相が茂木外相などと会談している真っ最中に、李克強総理は「1+6」円卓会談を開き、世界銀行やIMFあるいはWTOなど6つの金融や貿易あるいは労働問題などの国際組織の長と「中国が中心になって」話し合っていたのである。

中央テレビ局CCTVは、各国際組織の長が「コロナ禍をいち早く脱却した中国が世界経済をけん引していく」と褒めちぎる顔を大きく映し出していた。

◆日本のメディアや「中国問題専門家」にも罪

まるで「日本を取りに来た」ような王毅外相の行動を、日本の大手メディアは「中国問題専門家」と称する人たちの「中国が追い詰められて焦っている証拠」と分析する視点で報道したが、そのことにも罪があるのではないだろうか。

日本の現在の「嫌中度」は、(一部の)政治家を除けば世界一なので、メディアも「専門家」も、日本国民の感情に心地よいメッセージを発信し続ける傾向にある。

そうすれば、確かに「受け」はいいだろう。

しかし、それは本当に日本のためになるのだろうか?

日本国とまでは言わずとも、日本国民の幸せに本当に寄与するとは到底思えない。

まるで先の戦争における「大本営発表」のようで、「わが軍は連戦連勝、敵は敗退を続けております!」と叫んでいるように私には映る。この耳目に心地よい偽の宣伝こそが日本の敗北を招いたことは周知の事実だ。

それでもなお、日本は「不愉快な事実」には目をつぶり、「感覚的に心地よい響きの情報」にのみ耳目を傾ける傾向は変わってないようだ。

そのことを憂う。

敵は「日本を取りに来た」のだ。

尖閣諸島における中国の横暴を既成事実化して日本が反論しなかったことを以て「日本が中国の領有権を認めた」とみなし、その上でTPP11への加入交渉を中国に有利な方向に持って行こうとしている。

王毅外相は「中国に反論できない日本」を確認しに来たのである。

だからオンラインではなく、このコロナ禍でもリアル空間に現れ、日本の無様(ぶざま)と自分の「勇ましい晴れ姿」をきちんと計算した映像として世界に知らしめたのである。

日本政府もメディアも「専門家」たちも、そのことに目を向けるべきではないだろうか。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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