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バランスが肝心:東南アジアにおける中国、日本、台湾のインフラ戦略
中国「一帯一路」メディア協力フォーラム(写真:新華社/アフロ)
中国「一帯一路」メディア協力フォーラム(写真:新華社/アフロ)

はじめに

一帯一路構想(Belt and Road Initiative、BRI)は、大規模なインフラプロジェクト中心のフェーズから、より小規模で質の高い取り組みを中心とする新たなフェーズに移行した。先ごろ開催された第3回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムで、習近平主席はフェーズ移行に向けた8項目の行動指針を発表した。こうした方針転換の背景には、中国国内の財政難と国際的な監視の強化がある。本稿では、一帯一路2.0構想(BRI 2.0)における主な行動、関係各国への影響、日本、台湾、その他関わりの深いプレイヤーの反応など、一帯一路2.0構想が意味するものを探っていく。

習近平主席は、より質的かつ持続可能な一帯一路を目指すとした。この転換の柱となる8つの行動の概要は、以下の通りである。

  1. 一帯一路構想に沿った立体的相互連結ネットワークの構築:地域の連結を強化し、効果的な地域連携を促す。
  2. 開かれた世界経済の構築を支援:他国との経済関係を強化しながら、国際貿易と経済協力を促進する。
  3. 実務協力の推進:貿易・投資保護協定など実務協力を強化する。
  4. グリーン開発の推進:グリーンエネルギー、環境保護、持続可能性を織り込む。
  5. 科学技術イノベーションの推進:人工知能やデジタル経済などの分野における技術進歩を積極的に推進する。
  6. 民間交流の支援:市民団体や個人の参加を促し、文化交流を促進する。
  7. 清廉な一帯一路の構築:一帯一路プロジェクトの透明性を確保するための腐敗防止対策を強化する。
  8. 一帯一路国際協力メカニズムの改善:協力体制を強化し、一帯一路構想のより円滑な進展を促進する。

以下の各項では、一帯一路2.0構想における重要な行動、ステークホルダーへの影響、日本や台湾その他関連プレイヤーの対応など、一帯一路2.0構想の意味するところを探る。債務、唯一の受益者、地政学的拡大が落とす影に分け入り、一帯一路構想が直面する重大な問題を分析する。また、インフラ建設から質の高いイニシアチブへの移行について批判的に検証し、東南アジアを優先するかのような中国による一帯一路構想の再調整に焦点を当てる。こうした方向転換に加えて、日本の「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific、FOIP)」戦略や台湾の「新南向政策(New Southbound Policy、NSP)」など、ASEANに関して競合する立場にある重要なプレイヤーについて議論する。最後に、東南アジアにおける複雑なインフラ情勢とその潜在的な影響について分析し、結論とする。各項には、このダイナミックな地域におけるインフラ戦略の進化について独自の考察を記載した。

 

債務、唯一の受益者、地政学的拡大が落とす影

かつては世界的な連結と協力の道標であった一帯一路構想(BRI)も、実施から10年が経過して重大な岐路に立たされている。本セクションでは、債務、中国の利益、地政学的野心といった一帯一路構想の枠組みにける中心的な問題を探る。

債務による苦境:一帯一路構想は様々なセクターのインフラ整備を大幅に加速させたが、プロジェクトの遅れやコスト超過による債務の増大という、予期せぬ課題をもたらした。当初は援助と受け止められていた中国の融資は、参加国にとっては負債として積み重なっていった。債務への懸念に対応するべく、中国はシルクロード基金(路基金、Silk Road Fund、SRF)やアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank、AIIB)のような金融機関に戦略をシフトし、一帯一路構想の資金面を効果的に管理している。このシフトの狙いは、中国の世界的影響力を守りつつ、政府債務の累積リスクを最小限に抑えることにある。

こうした課題に対処するため、一帯一路構想は「より小規模で洗練されたプロジェクト」へと進化しつつある。これらプロジェクトは融資ベースの資金調達に優先順位を付け、質と持続可能性を重視するものだ。中国は量を重視するアプローチから、よりバランスの取れたアプローチへの移行を進めており、世界経済における優越的地位を維持しながら債務方面の苦境を緩和することを目指している。

唯一の受益者、中国:一帯一路構想が中国に偏った利益をもたらしているという批判が浮上したのは、大部分のインフラプロジェクトの資金提供、実施、管理を中国の事業体が担っていたからだ。第3回「一帯一路」フォーラムで「共同構築」という概念を導入し、イニシアチブの再ブランディングを行ったことで、こうした認識に変化が生じた。これは、一帯一路構想が中国の利益にしかつながらないのでは、という疑念の払拭を目指すものであった。

さらに中国は、電気自動車や太陽エネルギーなどの分野における商業製造に軸足を移し、参加国間で経済成長を公平に分け合うことを目指している。一帯一路構想の焦点は東南アジアに移りつつあるようだが、そこには同構想が主に中国の利益に資するものである、という認識を改めさせようとする狙いがある。

中国の地政学的拡大:一帯一路構想は非イデオロギー的、非地政学的なものだと中国は主張するが、一帯一路フォーラムへの出席者の移り変わりを見れば、やはり地政学的な目的が透けて見える。ロシアやアフガニスタンのタリバン指導者の参加は、反米連合を構築し、地政学的影響力を拡大せんとする中国の努力を物語っている。

一帯一路構想、上海協力機構、BRICSのような国際的な取り組み・団体は、中国の影響力をあからさまに主張するものではないが、中国のソフトパワーを拡大し、自国の利益と一致させるためのプラットフォームとして機能している。これらの行動には、欧米の覇権に挑戦し、世界の政治状況を巧妙に再編成せんとする中国の野心が反映されており、国際舞台におけるイデオロギーの覇権争いに重大な影響を及ぼすことになるかもしれない。

 

インフラ建設から質の高いイニシアチブへ - 批判的検証

中国はここ最近、一帯一路構想において大規模なインフラプロジェクト中心から、より小規模で質の高い取り組みへとシフトしている。この動きは、表向きには世界的な優先順位の変化に対応するものとされているが、批判的な観点から詳しく検証する必要があるだろう。

エネルギー部門:その1つが、石炭火力発電所のような従来型エネルギー事業からの転換である。これは、世界的な環境問題や温室効果ガス排出量削減の必要性に沿ったものではある。だが、国内のエネルギー源が石炭に大きく依存し続けている点を見るに、持続可能性に関する中国のコミットメントには疑問が残る。一帯一路構想において再生可能エネルギーと天然ガスに重点を置いていることは称賛に値するが、中国国内のエネルギー生成を脱石炭化させるための具体的な努力を伴うべきだろう。さらに、一帯一路プロジェクトで活動している中国エネルギー企業の透明性や環境活動についても懸念されるところだ。グリーンエネルギーへの移行には期待が持てるが、実施できるものか懐疑的な見方が根強い。

パキスタンのタール石炭発電プロジェクト:過去、パキスタンへの一帯一路投資には、大規模な石炭火力発電所であるタール石炭発電プロジェクトが含まれていた。しかし、環境の持続可能性や気候変動への懸念から、こうしたプロジェクトには厳しい視線が集まっている。太陽光発電や風力発電など、よりクリーンなエネルギーや持続可能なプロジェクトへの移行は、一帯一路構想の前向きな意味での転換となるだろう。

交通インフラ:一帯一路構想の路線変更は、効率性と持続可能性を重視するという形で、交通インフラプロジェクトにも影響を及ぼしている。これらプロジェクトについては、慎重な再評価が必要だ。中国はこれまで、相手国の利益よりも自国の利益を優先することで知られており、ホスト国が実際どれだけの利益を享受できるか懸念が生じている。加えて、持続可能性に関する目標が明確ではなく曖昧な部分が残されており、説明責任も限られている。中国が自国の経済的・地政学的利益を優先させようとしている以上、関係各国においては、改正後のプロジェクトが純粋に自国の発展ニーズに応えるものであるか、単に中国のさらなる影響力向上の手段になるものではないか、確認が不可欠となる。

中国・パキスタン経済回廊(CPEC):CPECは一帯一路構想の旗艦プロジェクトであるが、実施における透明性の欠如を批判する声や、パキスタンにとって真の経済的利益につながるのかという疑念に直面してきた。交通インフラをより小規模で効率的なプロジェクトにシフトさせるためには、新たなイニシアチブは責任の所在をより明確にし、パキスタンのニーズにより合致し、地域間の往来を真に活性化するものである必要がある。

工業地域:旧来の工業団地から科学技術主導型の工業団地へのシフトは、一見前向きなものに見えるが、これも精査が必要である。これまでの一帯一路プロジェクトでは、中国人労働者の活用を促し、中国系企業の振興に向かう傾向が見られた。先端的な工業地域にシフトすることが、本当に地域経済に利益をもたらし技術移転につながるのか、という点では疑問が残る。創出される雇用の質や、現地労働力がどの程度強化されるのかという点も、潜在的な懸念事項となっている。

スリランカのハンバントタ港:一帯一路プロジェクトであるハンバントタ港建設については、発生した債務の返済でスリランカが苦境に陥っており、論争の的となっている。科学技術主導の工業地域へのシフトにあたっては、スリランカのような国々がただ投資を受けるだけでなく、技術移転や雇用創出を通じて真に恩恵を受けられるよう保証するべきであり、持続不可能な債務が膨らむようなことがあってはならない。

巨大プロジェクト:巨大ダムや大規模都市開発のような巨大プロジェクトについては、批判的評価が不可欠である。持続可能性と技術革新に新たに焦点を当てている点は評価できるが、なぜこうした配慮をもっと早くから優先できなかったのか、疑問が生じるところだ。従来の一帯一路モデルのもと、巨大プロジェクトがいかに大きな環境破壊や社会的混乱を引き起こしてきたかを認めた点は、評価に値する。より持続可能なイニシアチブにシフトしたことは、正しい方向への一歩を踏み出したと言える。それでも、実際に変化があったことを示す具体的な証拠は必要だ。

ベオグラード-ブダペスト間の鉄道路線:一帯一路構想のもとでハンガリーとセルビアを結ぶこの高速鉄道プロジェクトは、経済面での実行可能性に関する懸念に直面している。より小規模で持続可能なプロジェクトに移行することで、真の経済的価値よりも地政学的影響力に重きを置くようなプロジェクトの成立を防ぐことができれば、正しい方向への一歩となるだろう。

伝統的インフラ:基本インフラの近代化は、あらゆる開発プロジェクトにおいて必要な要素である。しかし、一帯一路構想2.0のもとでこうしたプロジェクトにシフトしたからといって、中国が過去のプロジェクトの資金調達や実行をめぐる論争を免れるとは限らない。これらプロジェクトが、中国の経済的・地政学的野心のためではなく、ホスト国の利益とニーズに真に合致したものであることを保証するには、透明性と説明責任を高める必要がある。

ラオスでの一帯一路投資:ラオスは、道路や橋などの伝統的インフラプロジェクトを始めとして、広範にわたって一帯一路による投資を受けてきた。これらプロジェクトを近代化の方向へ転換させるならば、ラオスはインフラ面にとどまらず、国民の生活の質を向上させる近代的な技術や持続可能な慣行を取り入れることを通じて、確実に利益を得られるだろう。

一帯一路構想における質の高いプロジェクトへのシフトは、有望ではあるものの懐疑的な見方もある。一帯一路構想の実績は、債務依存、環境への影響、地政学的影響に対する懸念によって損なわれてきた。今回発表された新たな行動目標を、中国だけでなく参加国にも利益をもたらすような具体的な行動に変換することが、今後の課題となる。こうした方向転換が目論見通り前向きな変化をもたらすためには、国際的な監視、明確なガバナンス機構、透明性の向上といった要因が不可欠だ。それをクリアして初めて、一帯一路構想は世界規模の発展、持続可能性、国際協力に真に貢献するものとなる。

 

日本のFOIP戦略:ASEANへの競争的関与

「インフラ建設から質の高いイニシアチブへ - 批判的検証」の項では、中国の「一帯一路構想(BRI)2.0」において進化を続けるアプローチについて掘り下げ、世界規模のインフラ開発戦略から、より繊細な地域重視へと大きく方向転換する様子を明らかにした。中国は一帯一路構想を、質の高い持続可能なプロジェクトを優先するよう調整を加えているが、ここでの主な受益者は東南アジア諸国であるようだ。この再調整は、本項「日本のFOIP戦略:ASEANへの競争的関与」で考察する、より広範な動きと方向性を同じくするものだ。同地域において、日本は存在感の強化を積極的に推し進めている。競争の風向きを変えるのは、中国の戦略の変化だけとは限らない。日本の「自由で開かれたインド太平洋」(Free and Open Indo-Pacific、FOIP)戦略はまさに、この変化のなかで戦おうとするものであり、経済的利益と地域にとっての価値観との微妙なバランスをいかに取るかが戦いの肝となる。

日本のFOIP戦略は、インド太平洋地域における日本の外交政策の重要な要素である。日本は東南アジア地域のダイナミクスを積極的に形成しようとしており、中国や台湾など同地域に参戦する他のプレイヤーとの競争状態に身を置くことは避けられない。

地域的影響力をめぐる競争:

  • 競争の増加:日本のFOIP戦略は、ルールに基づく国際秩序、航行の自由、民主的価値観といった原則を推進するものだ。同戦略は東南アジアにおける日本のプレゼンスを強化するためのものであるが、他の地域イニシアチブ、特に中国の「一帯一路構想(BRI)2.0」や台湾の「新南向政策(New Southbound Policy、NSP)」との競争を不用意に激化させるものでもある。複数の選択肢を提示されたASEAN諸国は、日本のFOIPと連携することの利点を、他の地域のプレイヤーとの連携と比較検討する必要に迫られる。
  • 経済的競争:一帯一路構想、FOIP、NSPはいずれも、東南アジアにおける経済発展とインフラ投資の促進を目指すものである。日本が質の高いインフラとガバナンスを重視する点は、同国のFOIP戦略とも合致している。一方、中国の一帯一路構想と台湾のNSPは独自のインフラプロジェクトに取り組もうとしている。東南アジア諸国にとって、これら3国が提示する経済的インセンティブやプロジェクトのどれもが魅力的に映った場合、経済的なライバル関係が生まれることになる。

価値観と利益のバランス:

  • 質と量のバランス:FOIPは質の高いインフラ、ガバナンス、持続可能性に重点を置いており、他の地域イニシアチブとは一線を画している。FOIPのプレイヤーである日本は、透明性、環境の持続可能性、経済的実行可能性といった厳しい基準を遵守したインフラプロジェクトを推進する。東南アジア諸国は、質を重視する日本のアプローチを取るか、それとも中国の一帯一路構想が提供する、大規模で広範囲にわたるプロジェクトを取るか、決断しなくてはならない。
  • 価値観との整合性:日本のFOIPの特徴は、民主主義、人権、法の支配といった共通の価値観を重視している点である。こうした価値観はFOIP戦略の基本であり、多くのASEAN諸国が高い関心を寄せているグッドガバナンスの原則にも適っている。地域パートナーが協力パートナーを選ぶ際は、これら価値観とプロジェクトの整合性を考慮する可能性が高い。

地域ダイナミクスへの影響:

日本のFOIPがASEANに競争的に関与することで、より広範な地域ダイナミクスが形成される。各国が日本、中国、台湾と連携することの是非を吟味するなかで、東南アジアの政治的・経済的バランスに影響が及ぶことも考えられる。同地域の貿易形態、インフラ開発、政治的同盟にも影響をもたらす可能性がある。

変化するダイナミクスへの適応:

台湾や中国と同様、日本もまた、ダイナミックかつ競争の激しい東南アジアに相応しいプレイヤーであり続けるため、戦略の適応を余儀なくされる。日本が目下抱えている課題は、同地域で他のプレイヤーが提供する魅力的な経済的インセンティブと競いながら、質の高いプロジェクト、グッドガバナンス、民主的価値観がもたらす利点を強調し続けることである。

つまり、日本のFOIP戦略はASEANへの競争的関与の1つである以上、中国のBRIや台湾のNSPなど、影響力を持つ他のアクターと競合することになる。同地域にこれら戦略が併存することで、各国は各々の価値観、利益、発展の必要性に基づいて戦略的選択を行うことになる。競争のダイナミクスは今後も変化し続け、東南アジアの政治、経済、インフラ情勢に大きな影響を与えることだろう。

 

台湾と中国:地域的影響力をめぐる競争が激化

台湾の新南向政策(NSP)と中国の一帯一路構想(BRI)2.0によって、インド太平洋地域は戦略的競争と協調が繊細に繰り広げられる舞台となっている。どちらの構想も、アプローチと意図こそ異なれども、東南アジアと南アジアにおける影響力の拡大を狙っている点は同じである。特に地域的影響力と経済協力という文脈において、台湾と中国が厳しい競争状態にあることは明らかだ。

影響力をめぐる競争:

  • 経済的競争:台湾と中国では、同地域の国々に提供する経済的なインセンティブと投資に明確な違いがある。台湾が新南向政策のもとで質の高いプロジェクトに重点を置いているのに対し、中国は一帯一路構想2.0を通じて大規模インフラ整備を推進している。結果、東南アジアと南アジアの国々は経済協力におけるオプションを増やし、台湾・中国は協力相手の注目と好感度を競う、という状況となっている。
  • 文化交流:言語・文化プログラムを含む一帯一路構想の文化外交イニシアチブは、台湾の文化支援活動と競合する可能性がある。台湾と中国はいずれも、人と人とのつながりや文化交流を強化することに熱心だ。各国はこれら文化プログラムいずれかの選択を迫られるやもしれず、結果として台湾の文化的イニシアチブの範囲や効果に影響を及ぼす可能性がある。
  • 安全保障上の懸念:一帯一路プロジェクトを通じて中国が地域における存在感を増すことで、一部の国々に安全保障上の懸念をもたらすことになる。台湾もまた、この地域における中国の軍事活動にまつわる安全保障上の懸念を表明している。結果、地域のパートナーがこうした安全保障上の問題への対処を余儀なくされ、台湾ならびに中国との外交・戦略関係に影響が及ぶ可能性がある。

中国・台湾との関係のバランス:

  • 外交上の機微:新南向政策であれ一帯一路であれ、台湾と中国の双方と関わる国は、両者それぞれとの外交関係の管理という難題に直面する。中国が掲げる「一つの中国」政策を認めつつ、台湾との協力をも必要とする国の場合、この点は特にデリケートな問題となりうる。このように相反する外交的配慮のバランスを取ることは、相当に至難の業である。
  • 戦略の調整:競争環境の変化に伴い、台湾と中国はいずれも、地域の重要なプレイヤーであり続けるため戦略の調整を迫られている。台湾の新南向政策には、民主主義や人権といった価値観を重視するという長所があり、協力を求める国々にとって重要な決め手となりうる。一方、中国は経済力とインフラ能力をアピールしている。

地域ダイナミクスへの影響:

台湾と中国が繰り広げる激しい競争は、インド太平洋地域の広範囲の地域ダイナミクスに影響を及ぼしている。台湾や中国と協力することの長所と短所を各国が評価することで、この地域の政治的・経済的パワーバランスに変化が生じることになる。こうした情勢の変化が、地域の貿易、インフラ整備、政治同盟などの問題に思いもよらない影響を及ぼすかもしれない。

結論から言えば、台湾と中国はインド太平洋地域における影響力と経済協力をめぐって厳しい競争を繰り広げている。台湾の「新南向政策」と中国の「一帯一路構想2.0」が併存することで、この地域の国々が選択肢を慎重に吟味し、外交的な機微を捉え、自国の利益と価値観に沿った戦略的選択を余儀なくされるようなダイナミズムが生まれている。これら2つのステークホルダーによる競争状況は今後も変化を続け、その趨勢は地域の政治、経済、文化のダイナミクスに大きな影響を及ぼすだろう。

 

未来予想図:東南アジアの複雑なインフラ情勢

東南アジアのダイナミックな情勢において、一帯一路構想(BRI)2.0、日本の自由で開かれたインド太平洋(FOIP)戦略、台湾の新南向政策(NSP)、その他の地域プレイヤーが、激しいインフラ競争を繰り広げている。このような多方面からのアプローチが、それぞれ意味合いの異なった幅広い選択肢をASEAN諸国に提供している。

中国、日本、台湾はそれぞれの戦略を通じて、インフラ整備、経済協力、文化交流のための多様な機会を東南アジア諸国に提供している。日本のFOIPは、民主的価値観と法の支配に調和した、質の高いインフラとガバナンスの象徴という位置付けである。これに対して中国のBRIは、魅力的な経済的インセンティブと広範なプロジェクト・ポートフォリオが売りである。一方、台湾の新南向政策は、地域における文化的・経済的結びつきの促進に重点を置いている。

複数の戦略が競合する状況において、ASEAN諸国は極めて重要な役割を担っている。彼らの戦略的な選択と行動が、この地域の政治、経済、インフラ整備の将来を大きく左右することになる。

東南アジア諸国は、それぞれの戦略の利点と潜在的な課題とを天秤にかけて考える必要がある。経済的な持続可能性や環境への影響、民主主義的価値観との整合性など、考慮すべき点は多岐にわたる。こうした複雑な状況において、各国には適応力が求められる。各国とも同時に複数の地域プレイヤーと関わりながら、日本、中国、台湾その他との関係のバランスを慎重に調整している。ASEAN諸国にとっては、以下のポイントが重要となる。

開発オプションの多様性:ASEAN諸国は現在、インフラ整備の選択肢が選り取り見取りの状態にある。こうした多様性が、インフラの改善や経済成長を約束し、各種の選択肢からプロジェクトを選ぶ自由を与えてくれる。いわばビュッフェ料理のようなもので、各国は自分の好みに合った選択肢を選べるというわけだ。

経済的競争:主要プレイヤー3か国間の熾烈な経済競争は、ASEAN諸国に明るい兆しをもたらしている。ASEAN諸国は、このライバル関係を利用して有利な条件を引き出し、厳しい値引き交渉を有利に進め、最終的により質の高いプロジェクトを確保することができる。債務リスク軽減と自国で得られる利益の増大が、現実的な目標となるのだ。

価値観との整合性:東南アジア諸国は、インフラの選択と自国が重視する価値観とを整合させられるようになった。民主主義、人権、環境の持続可能性といった原則と調和するプロジェクトがメニューに並んでいる。理想に適う、オーダーメイドのパートナーシップを結ぶことが重要となる。

適応力が肝心:ASEAN諸国にとっては、地域の有力プレイヤーとの取引において、機敏かつ戦略的であることが不可欠となる。経済的利益と政治的価値のバランスを保ちながら、競争激しい舞台上で外交関係を管理することが、成功の秘訣である。

地域ダイナミクスの変化:競争の激化に伴い、地域政治、経済力学、安全保障の面で考慮すべき事項も変化することが予想される。このことは、地域関係が新たな章を迎えたことを示すものであり、相互利益を得るためには各国ともに適応を迫られることになる。

接続性の向上:有力3か国がいずれもインフラ整備を優先させるなか、東南アジアは物理的交流がかつてないほど活発化しようとしている。このことは国境を越えた貿易と経済機会の改善につながり、地域経済全体の活性化をもたらす可能性がある。

ここまでの議論をまとめると、一帯一路2.0、日本のFOIP、台湾の新南向政策、その他様々な地域イニシアチブが併存する状況は、ASEAN諸国にとってチャンスであると同時に難局でもある。ASEAN諸国は、選択肢を慎重に見極め、自国の価値観と利益に優先順位を付け、ダイナミックかつ競争の激しい東南アジアで成功できるよう適応力を維持しなくてはならない。最終的にはこれら戦略の相互作用が、同地域の政治、経済、インフラ整備に大きく影響することだろう。東南アジア地域がチャンスと難局の入り混じった複雑な状況に取り組むなか、国際社会はこのインフラレースの行方を強い関心を持って見守っている。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.