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中国の歌姫・王芳がウクライナ廃墟の劇場でカチューシャを歌う「なぜ?」
星島日報に載っていたロシア衛星通信社の画像
星島日報に載っていたロシア衛星通信社の画像

中国の人気歌姫である王芳が、ウクライナ東部の廃墟になっているマリウポリ劇場でロシアの歌「カチューシャ」を歌い、ウクライナ政府は中国に抗議した。しかし中国政府は関与しておらず、ロシアが組んだツアーに王芳がその夫・周小平(全国政治協商会議代表)などと共に参加しただけだ。中国政府側は歌唱画面のSNS(中国のウェイボー)や関連記事を削除するものの、処罰を与えるという気配は今のところない。その複雑な背景を考察する。

◆人気歌姫・王芳がウクライナ東部の廃墟となった劇場で「カチューシャ」を歌った

この事件に関する経緯が最も分かりやすい形で書いてあるのが、9月8日の<香港の「星島日報」の報道>だ。

それによれば、中国で人気の歌姫・王芳が最近、ロシアがいま支配しているウクライナのドネツクを訪問するためにロシアが組織した中国の非政府代表団に参加した。  

王芳は、ロシア・ウクライナ戦争で爆撃を受けたマリウポリ劇場の廃墟のベランダで、旧ソ連時代に流行した「カチューシャ」というロシアの歌を歌っただけでなく、それを録画してインターネットに投稿した。

図表1に示すのは、ロシアの衛星通信社(スプートニク)が投稿した、王芳がベランダで「カチューシャ」を歌う画像だ。

図表1:9月7日、マリウポリ劇場のベランダでカチューシャを歌う王芳

 

出典:星島日報に掲載してあるロシア衛星通信社の写真

出典:星島日報に掲載してあるロシア衛星通信社の写真

 

これに対し、ウクライナ政府は中国に抗議し、王芳が「ロシア軍が何百人もの罪のない民間人を殺害した場所で歌を歌ったりするのは道徳的衰退の現れである」と述べた。

ウクライナ外務省のオレグ・ニコレンコ報道官は、「王芳ら中国人が占領下のウクライナの土地に無断で立ち入ることは違法だ。ウクライナは中国の領土保全を尊重しているのに、中国はウクライナの領土保全を無視した。中国政府は、自国民が無断でマリウポリに滞在した目的と、そこに侵入した方法を説明せよ」と中国政府に要求している。

西側のメディアは、2022年3月にロシア軍がドネツクを攻撃し、劇場にミサイルを発射し、子供を含む300人以上の民間人を殺害したと報じている。

しかし、ロシアはマリウポリ劇場でのミサイル発射を否定し、劇場はウクライナ側によって爆破されたと主張している。

このツアーには、王芳の夫・周小平(全国政治協商会議、全国代表の一人)も参加していて、王芳を絶賛する文章をSNSで発信しているが、それとともに図表2のようなことも書き込んでいる。

図表2:星島日報に掲載されている周小平のSNSの一つ

出典:星島日報

出典:星島日報

図表2の「第三点」に書いてあるのは以下のようなことだ。

●ロシアの軍民やドンバスにいる住民たちは、何度も国際社会に向けて証拠を示し、かつNATOの傭兵やウクライナ軍が、長年にわたりマリウポリの住民を爆撃したり暴行を加えてきたりしたことを非難してきた。

●ドンバス地区全体の住民は、ウクライナ・ナチによって8年間にわたり爆撃を受け、病院だろうと学校だろうと、劇場だろうと全て爆撃された。その結果、1万6千人以上の住民が命を落とし、ウクライナは、ドンバス地区の種族(ロシア系民族)を絶滅させようとさえしてきた。だから、ここには平和と生存を求めるもの以外、何もない。

●私たちはこれから、モスクワで会う。

ここまでが星島日報の報道の一部で、図表2に書いてある周小平の文章(中国語)を筆者が和訳した。

◆周小平が映画『ドンバス』に言及

周小平は毎日何本もSNSでさまざまな文章を発信している。アカウントを取り上げられてないのに、書いては削除されているのは、中国政府当局によって削除されているのではなく、もしかしたら自ら削除しているのかもしれない。海外に知らせてから削除するというのをくり返しているのか、その理由は分からない。

その中のいくつかをまとめてみると以下のようになる。

図表3:中国のネットにあった周小平のSNS

 

中国のネットから、その都度ダウンロードして筆者が一つにまとめて作成

中国のネットから、その都度ダウンロードして筆者が一つにまとめて作成

 

図表3の左下に「2015」という文字が見えると思うが、彼はここで映画『ドンバス』の話をしている。2015年に制作され、2016年に公開された映画だ。

ロシア系住民が多い東ウクライナのドンバス地区で、どんなに住民が毎日暴力や爆撃に遭い、地下に閉じ込められ虐待されて生きてきたかを、フランスの女性ジャーナリスト、アンヌ=ロール・ボネルが監督したドキュメンタリー映画だ。

日本語のウェブサイト「ちきゅう座」に<フランス人のアンヌ=ローレ・ボネル監督によるドキュメンタリー映画『ドンバス』(2016)と、「ウクライナ戦争に関するノート」>という見出しで説明がある。

彼女が映画を制作したのは2015年なのに、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、まるで彼女がプーチンの味方をしているかのような激しいバッシングに遭い、ストレスに病む日々が続いたという。その説明も、映画の紹介とともに「ちきゅう座」には書いてある。

映画の初めは、拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の第一章で書いたポロシェンコ大統領(p.43)のスピーチから始まる。

2013年末から2014年初頭にかけて燃え上がったマイダン革命を起こしたのは、当時のバイデン副大統領やヌーランド国務次官補が率いる「第二のCIA」と呼ばれるNED(全米民主主義基金)だ。選挙で選ばれた親露のヤヌコーヴィチ大統領を下野させ、親米のポロシェンコを大統領に据えたクーデターだった。他国の政権野党に「民主化支援金」を提供して、親米でない政権を転覆させるのが、NEDの仕事だ。

そのことを、どんなに書いても、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の終章に書いたように、「アメリカ脳化」してしまった日本人の多くには、「嘘でたらめの陰謀論」としか映らない。

信じられない方は、是非とも<”ドンバス 2016″ドキュメンタリー映画【日本語字幕付き】(”Donbass 2016″ Documentary by Anne Laure Bonnel subtitles JAPANESE)>をご覧いただきたい。

私が心から尊敬している在米日本人の国際政治学者・伊藤貫教授も、同様のバッシングに遭われたようだが、最近では真実を見る人が多くなったと語っておられる。是非とも、伊藤貫教授の<大手メディアでは報道されないウクライナ戦争【混乱する国際政治と日本②】|伊藤貫>も最初の数分間だけでもいいので、あわせてご覧いただきたいと思う。

日本で報道されている情報は、NEDによるフィルターが掛かっているので、NEDにとって都合の悪い真実を言うと、「あいつは陰謀論者だ」と決めつけるアメリカ脳が出来上がってしまっているが、これこそが、次に台湾有事を創り出す下地を養われていることになる。それによって日本は戦争に巻き込まれ、日本人が命を失うことになるのである。

日中戦争、国共内戦、朝鮮戦争と三度の戦争を経験し、特に国共内戦では中国共産党軍による食糧封鎖により餓死体の上で野宿させられ恐怖のあまり記憶喪失にまでなった筆者としては、戦争だけは絶対にくり返させたくないという、強烈な思いがある。

なお、習近平がドンバス地区のロシア語を話す住民に焦点を絞って欲しくないのは、中国は「宗教も言葉も民族も異なる」ウイグル族やチベット族など、多くの少数民族を抱えているからだ。しかしプーチン政権には倒れてほしくない。その複雑さが、中国政府の対応の曖昧さを生んでいると解釈していいだろう。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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