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フライング・タイガースに端を発する東アジアの歴史認識を巡る争い
フライング・タイガース(写真:AP/アフロ)

※この論考は10月6日の< The Flying Tigers and the Battle over Wartime Memory in East Asia>の翻訳です。 

 

フライング・タイガース(第二次世界大戦中に抗日戦争を支援した米義勇航空隊)を巡る歴史は今や、東アジアにおける歴史の解釈権を巡る広範な争いの一部になっている。台湾にとっての課題は、中華民国が戦時中に果たした主体性を守り、中国政府がその歴史を現在の民族主義的ナラティブに組み込むのを防ぐことである。

 

ドナルド・トランプ大統領が習近平との2度目の首脳会談でフライング・タイガースに言及したことは、東アジアでの戦争の歴史認識を巡る政治的対立を考える格好の出発点となる。米中両政府が関係の安定化を模索しているこの時期に、トランプは第二次世界大戦中に米中が同陣営で戦ったことに触れ、共有する歴史的経験を想起させた。しかしこの言及はさらに難しい問題も提起した。つまり、米国と共に戦ったのはどの「中国」か、そして戦時下の協力関係という政治的遺産を現在主張できるのは誰か、という問題だ。その答えには、米中両政府だけでなく、台湾の歴史的アイデンティティを巡る争いや、日本の安全保障上の役割の変化も関わってくる。

 

フライング・タイガースと米国の曖昧な歴史認識

フライング・タイガースが活動していた当時、米国が承認していた政府は蒋介石率いる中華民国だった。中華人民共和国が成立したのはその後の1949年だ。したがって、戦時下の協力関係は米国と中華民国政府との間にあったのだが、トランプは単に「中国」と表現した。これにより米国政府は歴史的表現や国家の継承に関する問題を再燃させることなく戦時中の協力関係を想起させることができ、中国政府も同じ表現を用いて米中協力が長年続いてきたという物語を描くことができる。貿易、テクノロジー、人工知能、地域安全保障を巡る競争が続く中、戦争の記憶は、両政府が利用できる数少ない象徴的材料の一つとなっている。

この曖昧さは、過去を再解釈する十分な余地を中国政府に与えるものだ。中華民国と中華人民共和国を区別せずに「中国」とすることで、中華民国時代の歴史を現在の中国国家の歴史に組み込めるようになる。米国政府は戦時下の同盟を主に外交上の象徴として持ち出したのかもしれないが、中国政府には歴史の解釈権を政治的に確立し、中華人民共和国の歴史的正当性につなげる強い動機がある。

 

中国政府は中華民国の歴史をどう取り込もうとしているのか

中国による抗日戦争の解釈は、過去数十年の間に大きく変化している。革命を中心に据えた初期のナラティブでは中国共産党が抵抗運動の中心に位置づけられ、国民党政府やその軍への注目は著しく低かった。近年のナラティブでは中国政府が抗日民族戦争と呼ぶ枠組みが拡大され、国民党軍、華僑、台湾人、その他の社会集団も組み込まれるようになった。ただ、戦争の勝利は中華民族の集団的成果だとしながらも、その歴史に今日どのような政治的意味合いを持たせるかは中国共産党が主導して決める。

中国の国務院台湾事務弁公室による最近の発言もこの傾向に沿ったものだ。中国政府は、台湾の現政権が抗日の歴史を歪曲または軽視していると非難する一方で、勝利は台湾の人々を含むすべての中国人に帰すると主張している。戦争の記憶は国家の統一および最終的な両岸統一に直接結びつけられている。抗日の歴史は、中華民族全体と中華人民共和国の間に政治的・歴史的連続性があるのだという主張に組み込まれている。

とはいえ、この拡大されたナラティブには基本的な歴史の問題が潜んでいる。中国政府は、抗日から1949年の中華人民共和国建国を経て、現在の民族復興に至るまでの連続性を主張しているが、1937~1945年に国際社会で正式に中国を代表していたのは中華民国であり、米国との同盟関係を維持し、中国遠征軍を派遣し、最終的に日本の降伏を受け入れたのも中華民国だ。

これに対し中国政府は、中華民国を歴史的な政治体制として完全に認めることなく中華民国の歴史を取り込んでいる。国民党軍の兵士たちが戦時中に果たした貢献は認められ、蒋介石が博物館や追悼の文脈で必要に応じて取り上げられることはあるが、戦争中に中国を代表していた中華民国という存在には依然として同等の政治的正当性が認められていない。中国共産党の革命史だけでは、現代中国の歴史全体を網羅できない。したがって中華民国の歴史的功績を借りざるを得ないが、その政治的正当性を認めるわけにはいかないというのだ。

 

安全保障問題として再浮上する戦争の記憶と日本

この歴史を巡る論争は、日本の高市早苗政権下で現代的な意味合いを強めている。防衛、台湾海峡の安全保障、憲法改正、靖国神社に関する高市の立場は、中国政府が現在の日本の安全保障政策をかつての軍国主義や戦争責任という文脈と結びつけるのに十分な根拠を与えている。日本が中国の軍事的台頭、地域における不測の事態、防衛力の強化をより重視する方針を示したのを受けて、中国政府は日本の侵略の記憶を掘り起こし、軍国主義の復活に警告を発している。戦争の記憶が現代の日中安全保障政治に再び影を落としている。

両者の態度は相乗的にエスカレートしかねない。日本が中国を安全保障上の脅威と捉えるほど、中国政府は戦争の歴史を持ち出しやすくなる。中国政府が現代の日本を軍国主義という視点で見るほど、日本の指導者たちは防衛費の増額や米国との安全保障協力の強化を主張しやすくなる。歴史の記憶と現在の戦略的行動が互いを煽る形だ。台湾はそこで中心的な位置を占めている。なぜなら、中国と日本が安全保障を語る上で、広範な地域秩序の中に台湾海峡が含まれるからだ。

日本に対する中国の世論は政府の公式談話より複雑だ。戦争の歴史、領土問題、日本の防衛政策が政治的に注目を集めるときの反日感情は依然として根強い。一方で、日本の消費財、テクノロジー、観光、大衆文化、社会生活のさまざまな側面は多くの中国国民を魅了し続けている。日本政府に対する否定的な見方と、日本社会に対する肯定的あるいは現実的な態度は共存し得る。公定ナショナリズムが政治環境を形成しているとはいえ、それによって日本に対する社会の態度が完全に決まるわけではない。

 

歴史的帰属を巡る台湾の葛藤

フライング・タイガースを巡る論争は、台湾の二大政党にそれぞれ異なる問題をもたらしている。民進党としては、当然ながら現在の安全保障を優先することになる。同党の政治的ナラティブは、中国からの圧力を強調し、米国・日本といった民主主義国との協力の重要性を主張している。しかし、中華民国の戦争の歴史から距離を置きすぎると、中華民国のものだった歴史的遺産を中国政府に横取りされる余地を広げてしまいかねない。

国民党は正反対の問題に直面している。同党には、中華民国の戦時中の指導力や国民党政府の役割を強調する強い動機があり、その立場は明確な歴史的根拠に基づいている。とはいえ、主に中華民族共通の抵抗という枠組みで語られる歴史観は中国政府の国家統一という言説と重なりやすく、統一を訴えるナラティブに引き込まれてしまいかねない。

台湾は、日本との友好関係と抗日の歴史のどちらかを選ぶ必要はない。中華民国の戦時中の役割を認めたからといって、中国政府による現在の政治的主張を受け入れることになるわけでもない。歴史的責任と現在の戦略的関係は文脈が異なる。大日本帝国が中国に侵攻したのは事実であり、その歴史は抹消されるべきではない。第二次世界大戦中に中国を代表し、米国と共に戦った政府は中華民国だ。戦後の日本は民主主義国家となり、台湾にとって最も重要な経済・安全保障上のパートナーの一つとなっている。これらの立場は歴史的にも政治的にも両立し得る。

結果として、戦争の記憶はこれら4つの当事者間での政治的競争の場となっている。中国政府は抗日戦争を利用して、国家の統一、中華人民共和国の正当性、そして過去からの歴史的連続性があるとの主張を強化している。日本は戦後の民主化を強調しつつも、地域の変化に対応し安全保障上の役割を見直している。米国は中国政府との関係安定に役立つならば戦時中の協力を持ち出すが、日本との同盟関係や台湾との安全保障関係も維持している。台湾は、これらのいずれのナラティブにも収まりきらない歴史的遺産を背負っている。

台湾の立場としては、中華民国の歴史的主体性と現代の台湾の民主的アイデンティティとを結びつけるべきだ。第二次世界大戦における中華民国の役割は台湾の制度や歴史の中に受け継がれているが、だからといって古い形の中国ナショナリズムに回帰する必要はない。同様に、現在の日本と緊密に協力するからといって、日本の戦時中の侵略を忘れる必要もない。

トランプがフライング・タイガースに言及したことは、こうした対立する歴史認識をこれまでになく鮮明に浮き彫りにしている。中国政府は中華民国時代の歴史を民族主義的ナラティブに取り込んでおり、日本は戦後の安全保障上の役割を見直しつつあり、米国政府は歴史的曖昧さを便利に利用している。台湾にはそのような曖昧さを受け入れる余地が少ない。台湾は、中華民国の戦争の歴史が現在の台湾の民主的な政治社会にどのようにつながっているのか、他国に定義されてしまう前に自ら明確にする必要がある。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.