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国家観なき日本の政治家は「対中カード」なし 日本人学校児童殺害やスパイ容疑逮捕は遺憾砲では救えない
国会議事堂(写真:つのだよしお/アフロ)
国会議事堂(写真:つのだよしお/アフロ)

深圳にある日本人学校児童が殺害されたり、中国に滞在中の日本人がスパイ容疑で逮捕されたりしたときに、日本政府はただ「甚だ遺憾だ」という遺憾砲を発するか、「毅然とした姿勢で!」といった精神論を発するだけで、実効のある手段を取ったことがない。それは中国に対する「カード(切り札)」を持っていないからだ。

なぜカードを持てないかというと、敗戦後、GHQ(General Headquarters、連合国軍最高司令官総司令部)により徹底した贖罪意識を植え付けられ、ひたすらアメリカの顔色を窺(うかが)うことに明け暮れる一方、中国に対しても「悪いのは日本でございます」という姿勢を取ってきたからだ。その結果、日本国はどうあるべきかという理念のような独立国家としての「国家観」を持つことができず、政治家は選挙で自分が当選するか否かだけにしか関心を持たないという、劣化した民主主義選挙だけが蔓延している。

◆「国家観」より「自分が当選できるか否か」だけが最大の関心事

自民党は、長いこと自党が政権与党でいられるために、旧統一教会の組織的な支援や裏金問題など、さまざまな手段を取ってきた。そこにあるのは「ともかく当選したい」という各議員の私欲であり、公明党と連立を組んできたのも自民党が政権与党でいたいためだ。

政権与党でいられるためには手段を選ばず、主義主張は右から左まで、ほとんど全て自民党内に揃っていて、二階俊博元自民党幹事長のような極端な親中派がいてもいいし、数多くの対中強硬派がいてもいい。

かつて筆者は自民党機関誌「自由民主」で中国問題に関して論考を連載していたが、「習近平国家主席を国賓として日本に招くか否か」に関して、ほんの僅かでも批判的なことを書いた原稿を提出したときなど、「党内にはいろいろな考えを持った議員がおりますので」と却下された経験がある。

自民党にとって、「何としても」という、党の共通項としての「国是」はなく、共通しているのは「何としても国会議員に当選すること」という我欲であることを痛感させられた。

日本は民主主義国家のはずだから、選挙は国民の思いを反映したものでなければならないが、民意が選挙に反映されないのは、これまでは旧統一教会の組織票があったからで、最近では政治資金パーティなど、不正な裏金で「票を買う」ような事態が起きていたからだろう。

中国の習近平政権の行動を、党内派閥闘争として批判する論者が日本には多いが、わが国の自民党内における派閥闘争ほど激しいものは滅多にない。

アメリカのように民主党と共和党という別の党派間の闘争ならわかるが、日本の場合は、同じ自民党内の闘争なのだから、派閥は解消することにはなったものの、現在(少なくとも今月27日まで)の石破政権は元安倍派を排除する私怨が目的であったような状況だから、結局のところ党内派閥闘争でしかない。

このような状況では、「国家観」を論じるような姿勢には至らないのも当然だろう。

◆スパイ容疑で逮捕拘束されている日本人に無力な日本政府

たとえば2023年4月3日のコラム<カードなしに拘束日本人解放を要求し、「脱中国化はしない」と誓った林外相>で書いたように、訪中した、当時の林芳正外相は旧友の王毅政治局委員(中国外交トップ)に会って嬉しくてならないという笑顔を振りまいただけで、同年の3月25日にアステラス製薬の駐在員が北京でスパイ容疑により拘束されたことに関して「交渉のカード」を持っていなかった。

ただ口頭で「遺憾の意」を表しただけで、「解放しないのなら~~するぞ!」といった効果的なカードを見せることもなく、外交トップと会っているのに、この上なく嬉しそうな顔をしているのを台湾のメディア「中天新聞」が皮肉たっぷりに紹介しているほどだ。

◆中国の反日教育の実態を知らなすぎる日本

筆者は1980年初頭から中国人留学生の世話をしてきたが、当時の留学生は「戦後30年ほどしか経っていない日本が、中国と比べて天と地の開きがあるような凄まじい発展を遂げていること」に仰天し、日本に憧れ、日本を敬い、日本を礼賛するばかりだった。

日本がかつて「中国を侵略したこと」などおくびにも出さず、反日感情は完全にゼロだった。

それが変化し始めたのは2000年に近くなったころだ。

生まれた時から日本アニメに染まった日本アニメ大好きな若者が成人して日本の大学や大学院に留学してくる頃になると、突然「反日感情」が併存し始めていることに気が付いた。

1994年から、愛国主義教育の名のもとに江沢民による「反日教育」が始まったからだ。日本アニメ大好きな若者たちを筆者は「中国動漫新人類」と名付け同名の書籍も出版しているが、80年代初期に日本に殺到した中国人留学生や就学生と違って、2000年前後以降の中国人留学生たちは日本語も流暢で金持ちで、アニメや漫画以外では日本を尊敬しておらず、上から目線でかつての「日本の侵略戦争」に対する悪感情を併存させていた。

このような状況を招いた主たる原因は、江沢民の実父が日中戦争時代、日本の傀儡政権であった汪兆銘政権の官吏だったことを隠すためという狡い戦略にあったが、中国を不遜にさせ、上から目線で日本を見るような若者を作った原因の一つは日本にあると言っても過言ではない。

1989年6月4日の天安門事件で中国共産党による一党支配体制が崩壊したかもしれないのに、愚かな自民党政権は「鄧小平を孤立させてはならない」という考えから天安門事件に対する対中経済封鎖をイの一番に解除させた。それにより多くの外資が中国の市場を求めて殺到するという状況を招いたのだ。そして中国が経済成長するきっかけを作ってあげたのである。

天安門事件により中共中央総書記になった江沢民は1992年に訪日し、「天皇陛下訪中を実現させたら、中国は絶対に歴史問題に関して日本を責めない」と誓いながら、1992年10月に史上初の天皇陛下訪中が実現すると、江沢民はすぐさま前言を翻して1994年から愛国主義教育の名のもとの反日教育を始めた。

そのため1980年以降に生まれた中国動漫新人類は、反日教育の洗礼を受けているため、80年代初頭の中国人留学生には皆無だった反日感情を持っているという皮肉な現状がある。

反日教育の環境下では、反日ものの映画やドラマならすぐに許可が下りたので、90年代半ばから反日ものの映画やドラマが急増し、それがネット時代に入って動画配信のビジネスへと転換していった。

靖国神社石柱への落書きはその流れの一環で、反日は今やビジネスになっているほどなので、「反日無罪」が中国社会の軸にある。

2012年9月、日中国交正常化後、前例がないほど激しく燃え上がった反日暴動の中で誕生した習近平政権(同年11月)は、その流れに逆らうことができず、「日中戦争中に最も勇敢に日本軍と戦ったのは中国共産党軍だ」という偽物語をでっちあげ、その結果、反日教育に力を入れざるを得ない政策を推進してきた。

この現実を大所高所から認識し、独立した主権国家としての「国家観」を日本は持たなければならないが、それどころではない。どうやれば自分が国会議員として生き残れるかしか考えていない。

「国家観」どころの騒ぎではない。

中国に対して「カード」が切れるような、大所高所からの戦略が出てくる状況にはないのである。

こんな日本では、国民は尊厳を以て生きていくことはできないし、安全に生活していくこともできないだろう。

これらの詳細は11月1日出版の『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』で述べた。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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