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遂につかんだ「バイデンの動かぬ証拠」――2014年ウクライナ親露政権打倒の首謀者
アメリカのバイデン大統領(写真:AP/アフロ)
アメリカのバイデン大統領(写真:AP/アフロ)

ヌーランドの会話録音の中に「バイデン」という言葉があり、バイデンの自叙伝を詳細に分析したところ、マイダン革命の首謀者がバイデンで、ヤヌコーヴィチ大統領に亡命を迫ったのもバイデンだったことが判明した。

◆ヌーランドの会話録音の中に一ヵ所「バイデン」が

5月1日のコラム<2014年、ウクライナにアメリカの傀儡政権を樹立させたバイデンと「クッキーを配るヌーランド」>でヌーランドの音声を拾ったが、そのとき、後半の方に出てくる“Biden”(バイデン)という言葉に関しては言及しなかった。

なぜなら、バイデンに関しては、マイダン革命が起きてから、親露派のヤヌコーヴィチ大統領がロシアに亡命するまでの3ヵ月の間に9回もヤヌコーヴィチに電話しているという情報があり、そのことはバイデン自叙伝に書いてあるとのことなので、それを深く考察して、真相を確認してから書こうと思っていたからだ。

このたびバイデン自叙伝“Promise Me, Dad”(約束して、父さん)の関連部分を読み終わり確信を得たので、ヌーランドの会話録音の中にある、バイデンに関する部分も含めて、分析を試みることとした。

まず、リークされた会話録音の中で、ヌーランドは、次のように言っている。文中のジェフは、駐ウクライナのアメリカ大使Geoffrey Pyatt(ジェフリー・パイアット)のことだ。

――ほら、だからね、ジェフ、私がサリバンにメモを渡したじゃない?そしたら 彼、大急ぎで戻ってきて、私に「あなたにはバイデン(の力)が必要だ」って言うわけ。だからね、私、言ったのよ。たぶん明日にはあの「イカシタ男」(=バイデン)に連絡して詳細を固めるってね。だって、これはバイデンの積極的な意図なんだからさ。

(ここに出てくるサリバン、当時のバイデン副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めていた人で、現在はバイデン大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めている人物だ。)

非常に長い会話の中の一部分なので、分かりにくいかもしれない。前回のコラムの続きでもあるので、重複するが一応ご説明すると、要は、親露派のヤヌコーヴィチ政権を倒すためのマイダン革命において、アメリカ(バイデンやヌーランドなど)が背後で動いていたということに関して、2015年1月に当時のオバマ大統領がCNNの取材でも認めており、その具体的な動きに関する会話(当時のヌーランド国務次官補と駐ウクライナのアメリカ大使との会話)が録音され、リークされていたという話である。

上掲の録音内容は、オバマも認めた「背後でアメリカが動いていた」という、その人物たちのトップには、「バイデン副大統領がいた」ということを証明している。

◆バイデンは親露派のヤヌコーヴィチに3ヵ月で9回も電話

ヤヌコーヴィチ政権を倒すためのマイダン革命が勃発したのは2013年11月21日で、ヤヌコーヴィチ大統領がロシアに亡命したのは2014年2月22日だった。

その3ヶ月間に、バイデンは9回もヤヌコーヴィチに電話をしている。

これに関する情報は複数あるが、たとえば2014年2月25日のnbcnewsはAP通信の情報として報道している

それならバイデンはヤヌコーヴィチに対して親切で好意的だったのかというと、全くそうではない。その逆だ。

たとえば、ウクライナの国営放送のウェブサイトであるukrinformは、<Biden says he had urged Yanukovych to flee Ukraine(バイデンは、ヤヌコーヴィチがウクライナから亡命するよう急き立てた)>という見出しで、バイデンの電話の内容を報道している。

そこには、詳細はバイデンの自叙伝“Promise Me, Dad”にあるというので、それを購入して読むことにした。

◆バイデンの自叙伝に書いてあるヤヌコーヴィチとの電話

数多くあるので、電話の内容を全て書くわけにはいかないが、最も決定的なのは2014年2月20日に掛けた電話の内容で、その前後の流れに関して、バイデンの自叙伝には、以下のように書いてある。概略的に示す。

  • 私はヤヌコーヴィチとは2009年にウクライナに行った時から接触している。
  • 2014年2月下旬(2月20日)に掛けた電話で、私(バイデン)はヤヌコーヴィチに「あなたは立ち去らなければならないという時が来た(=立ち去るべきだ)」と言った。「あなたの唯一の支持者は、政治の後援者とクレムリンだけだ」ということを、私は彼に忠告した。
  • 「ウクライナ人は、もう誰もあなたのことを信用してない」と、私はヤヌコーヴィチに言った。
  • この不名誉な大統領は翌日、ウクライナから逃亡し、政府の支配は一時的にアルセニー・ヤツェニュクという若い愛国者の手に渡った。

ウクライナの国営放送のウェブサイトにある通り、「バイデンがヤヌコーヴィチをロシア亡命へと追いやった」のである。ヤヌコーヴィチがウクライナからいなくなれば、ヤヌコーヴィチ政権は完全に崩壊し、ウクライナはバイデンたちが人事まで決めている親米政権になる。

案の定、ヌーランドの録音の中にある「ヤツェニュク」の手に政権が一時的に渡り、最終的にバイデンの腹心のポロシェンコが6月に大統領に就任するのである。  

一時的に」と書いたのは、バイデンの自叙伝にcontrol of the government ended up temporarily in the hands of a young patriot named Arseniy Yatsenyukとあるからだが、ヤツェニュクは2014年2月27日 ~2016年4月14日と、約2年間首相を務めたので、「一時的」という言葉を使うなら「2014年2月23日 ~ 2014年6月7日の間大統領代行を務めた」オレクサンドル・トゥルチノフと書くべきかもしれないが、“Promise Me, Dad”の原文に沿って解説した。

こうして、完全に「バイデンのための」ウクライナ政府が出来上がっていく。

ヌーランドの会話録音とバイデンの自叙伝を突き合わせれば、これぞ正に、「動かぬ証拠」ではないだろうか。

◆バイデンの狙いはエネルギー資源か

なぜ、そこまでしてバイデンがウクライナを意のままに動かせるようにしたかったのかに関しては、バイデンが2009年7月から「ウクライナがNATOに加盟すれば、アメリカはウクライナを強くサポートしていく」と言い続けていたように、ウクライナを親露ではなく親欧米の国にしたかったという基本はあるものの、もう少し詳細に見れば、何よりも「エネルギー資源」の問題が際立っている。

その証拠に、ヤヌコーヴィチがロシアに亡命した2ヶ月後の2014年4月20日、バイデンはウクライナの議会で演説し、その後、臨時政府の首相となったヤツェニュクと記者会見に臨んだりしたが、いずれの場合も「エネルギー安全保障問題」に触れ、ロシアからの天然ガス供給に依存しないで、独立しなければならないと強調し、アメリカはそのためにウクライナを支援する用意があると述べている。

すなわち、エネルギー資源として、アメリカは長いこと中東の石油に頼ってきたが、アメリカでシェールガスが生産されるようになってからは、ロシアの天然ガスとの競争に入るようになっていた。

事実、2014年にポロシェンコ政権が誕生して以降、ウクライナはロシア産天然ガスへの依存を低下させる政策を実施している。

ロシアの天然ガスの多くは、ウクライナを経由したパイプラインによりヨーロッパに送られており、ウクライナはロシア天然ガス輸出の要衝だ。ウクライナはその仲介料という収入をロシアから得ていたので、本来ならロシアとウクライナはウィン・ウィンの関係にあるはずだが、ウクライナはガス料金未払いや「ガスの抜き取り」などを年中やっていたので、ロシアとウクライナの間では「ガス紛争」が起きていた。それを回避するために、ドイツはウクライナを経由しない「ノルド・ストリーム」を別途建設したくらいである。

このように、ウクライナは、「ロシア天然ガスの対欧州パイプライン拠点」としての位置づけがあり、バイデンとしてはウクライナを「アメリカの采配下」に置いて、ロシアの天然ガスに対抗したかったものと解釈することができる。

そうしないと、アメリカが入る余地がなくなる。

となると、NATOも必要なくなり、NATOが無ければ、「アメリカが君臨する組織」が無くなり、アメリカの権威が失墜する。

そのような中で中国経済が成長し、習近平とプーチンが蜜月になったのでは困る。しかし習近平は、アメリカからの制裁を逃れるために、西へ西へと経済的勢力を伸ばしていき、「一帯一路」構想でアジア・ユーラシア大陸をつなげようとしている。ウクライナは中国から見ても一帯一路のヨーロッパへの中継地になる。

ウクライナを押さえておかねば、世界の勢力図が、アメリカを頂点としたものではなくなることを、バイデンは憂慮したものと解釈することができる。

◆ハンター・バイデンがウクライナ最大手天然ガス会社の取締役に

その象徴のように突如、登場したのがバイデンの息子のハンター・バイデンだ。

なんとバイデン(副大統領)の、ウクライナ議会における演説が終わるとまもなく、ハンターは突如、ウクライナの天然ガス関連の最大手であるブリスマ(Burisma)社の取締役の職に就いてしまったのである。

ブリスマは民間企業ではあるものの、実はヤヌコーヴィチ政権時代の国家安全保障防衛評議会の経済社会保障副長官だったミコラ・ズロチェフスキーが創設に関わっており、実際上、彼が支配していた。その意味でも、バイデンとしては、ヤヌコーヴィチには何としてもウクライナを去って頂かなければならなかったのだ。

ハンターは父親のバイデンがウクライナを訪問するたびに、必ずと言っていいほど同行していた。

◆バイデン訪中でもハンターが同行

実はバイデンは、2013年12月4日に、訪中して習近平と会談している

原典:新華網 2013年12月4日におけるバイデン大統領と習近平国家主席との会談

訪中目的は中国が設けた防空識別圏に関して抗議するためだとか言っているが、何のことはない、同行したのはハンターで、ハンターは2013年6月に北京に設立したBHRパートナーズというファンドとの話があり、その宣伝のために父親を利用している。それ以外にも中国ではさまざまなビジネスに関わり、現在アメリカで捜査対象となっている上に本論から外れるので、ここでは触れない。

一方、これまで何度か触れた、ヤヌコーヴィチが大統領として訪中したのは2013年12月3日で、マイダン革命が進行中にウクライナを離れることなどできないはずだが、4日はやむなく西安の兵馬俑を参観で時間を潰し、12月5日に習近平と会談し「中国ウクライナ友好協力条約」を締結している

バイデンと会った時と比べて、会談の雰囲気は華やかで、報道も大きかった。

あのときは、まるで「ウクライナが米中のどちらを向くか」、奪い合いをしているように映った。

以上、一つのコラムでは語り切れないが、少なくとも拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の「第五章 バイデンに利用され捨てられたウクライナの悲痛」で書いたことは正しかったことが確認できてホッとしているところだ。

追記:言うまでもないが、ロシアの侵略行為は絶対に許されるものではない。武力を行使したプーチンは残虐なだけでなく愚かであり、敗北者であるとさえ言うことができる。

ただ、もしアメリカの大統領がトランプだったら絶対にウクライナ戦争は起きてなかったことだけは確かだ。トランプは「NATOなど要らない!」と主張し、プーチンとは仲良しだった。トランプ政権時代、中国では「プーチンとトランプがハグする風刺画」が流行り、習近平が指をくわえて羨ましそうに見ているというイラストも出回ったことさえある。ウクライナ戦争によって人類は再び軍拡を中心とする時代に戻ってしまった。アメリカのLNG産業と軍事産業は儲かるだろうが、戦争を引き起こした遠因を直視しなければ、次に犠牲になるのは日本だ。そのためには真相を追及しなければならないと考えているだけである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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