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硬軟両様か硬軟相殺か:台湾パイナップル禁輸事件を考える
中国が台湾産パイナップルを禁輸 総統らが購買宣伝(写真:ZUMA Press/アフロ)
中国が台湾産パイナップルを禁輸 総統らが購買宣伝(写真:ZUMA Press/アフロ)

一、パイナップル禁輸事件:貿易問題か政治問題か

2021年2月26日、中国政府(税関総署動植物検疫司)は、去(2020)年からカイガラムシという害虫が検出されたことを理由に、台湾産パイナップルの輸入を3月1日をもって一時停止する、と発表した。これにより、約3万から5万トンに上るパイナップルの対中輸出がキャンセルされた、という。

あまりにも突然のことなので、いうまでもなく台湾のパイン農民にとって青天霹靂であって、多くのパイン農家が悲鳴を上げている。とくにパイナップルの主要産地たる台南市と屏東県の農民は、打撃を受けているという。

実際、この事件は、単なる貿易問題でなく、中台貿易の政治性とくに台湾の経済面における中国依存問題を浮き彫りにしたものでもある。そして、事件によって、またもや中国の台湾工作(統戦工作)の稚拙さが露わになっている。

二、台湾側の認知と反応

中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)報道官は、中国政府がとった輸入停止措置は生物安全性(biosecurity)に関する正常かつ合理なものだ、と説明している。[1]ただし、去年中国に輸出した台湾の農産物の検疫合格率が99.97%であって、中国国内の果物もカイガラムシ問題があることから、[2]今回の禁輸事件は、「中国の台湾いじめ」としか台湾政府・市民の目に映らない。

何といっても、時期的にちょうど中国の「人民政治協商会議」と「全国人民代表大会」(いわゆる両会)という政治の季節に入ろうとする際の出来事である。そのため、単に「害虫」というようなテクニカルな問題に収まらず、その背後に台湾に対する政治的目的が潜んでいると考えられる。さらに、台南と屏東には民進党支持者が多く、しかも蔡英文総統と蘇貞昌行政院長は、二人とも屏東の出身なので、事件は、北京当局がわざと農業の盛んな台湾南部に照準を合わせた戦術との可能性が非常に高いように思われる。台湾の一般市民もこの事件に憤慨を強く感じ、中国の嫌がらせ・台湾いじめと認識している。

台湾総統府は、中国の禁輸措置を非善意的な行為としてと非難した。[3]また、蔡英文総統は、「中国が待ち伏せ的かつ一方的に禁輸措置を発表したことは、明らかに正常な貿易面での配慮に基づいたことではない。それを非難したい。」と言明した。また、陳吉仲・行政院農業委員会主任委員(閣僚)は、「(輸入停止措置が)全然受け入れられないものだ」と表明した。

また、地方選挙を来(2022)年に控えているなか、事件が「票」に関連するいじょう、さすが野党としても無視するわけにもいかない。最大野党の国民党は、首長が国民党籍の14の地方自治体では、台湾パイナップルのプロモーション活動を行っている。[4]

三、台湾の対中貿易の「敏感性」・「脆弱性」

台湾の対中輸出が台湾の輸出総額の約4割を占め、台湾の貿易における対中依存度が高い。国際政治学では、国家間の相互依存が非常に重要なテーマであって、それに関して「敏感性」(sensitivity)と「脆弱性」(vulnerability)との二つの概念がある。「敏感性」とは、「ノーマルな経済関係が維持されているとき、ある国の経済的な変動が他国に与えるダメージの大きさ」である。これに対して「脆弱性」は、「トランズナショナルな交流を切断したときに蒙るダメージのこと」と定義され、「それをテコとして相手に自己の要求をのませようとすることがよく見られる」という。[5]

今回の台湾パイナップル禁輸事件をこの二つの概念に照らせば、台湾のパイナップル対中輸出の「敏感性」よりも、明らかに「脆弱性」問題のほうが露呈しているといえよう。実際、台湾の海外向けのパイナップルは、95%が中国へ輸出している。そのため、もし中国が台湾産パイナップルの輸入をストップすれば、台湾パイナップルが別の市場を探さねければならない。問題は、別の市場がすぐ見つかるものでなく、そして(需要が)安定化・拡大するまで時間もかかる。中国は、まさに台湾の対中依存を利用しているのである。

四、両岸間の事件が台湾外交のチャンスに

ただし、事件後から現在までの展開を見れば、中台間パイナップル貿易における台湾の「脆弱性」問題の深刻さは、必ずしも絶望的ものではないことが分かる。

事件を受け、台湾政府は、「パイナップルを食べて、農民を応援しよう」とのスローガンを打ち出し、パイナップルを沢山食べるよう呼び掛けだしている。[6]それで、多くの市民や企業は、農家を応援しようとして、パイナップルを大量に買っている。シンガポールなどの海外の台湾人からも注文が殺到したと報じられる。[7]

(出所:蔡英文Facebook、2021年2月26日、https://www.facebook.com/tsaiingwen/posts/10157329149836065)

国際社会においても、台湾を応援する動きも次々と現れた。実質上のアメリカ大使館にあたる米国在台協会(American Institute in Taiwan, AIT)は、協会フェースブックに台湾パイナップルの写真を飾ったうえ、「パイナップル」を動詞化した造語を用いて、面白い書き込みのタイトル「你今天鳳梨了嗎?」(きょう、パインしたか?…「きょう、パイナップルを食べたか/買ったか」の意)にし、パイナップル危機に陥った台湾への応援を表している。[8]

(出所:米国在台協会Facebook,2021年3月2日,https://www.facebook.com/AIT.Social.Media/posts/10158954397253490)

カナダの在台湾代表処(Canadian Trade Office in Taipei, CTOT)もフェースブックに、嬉しそうなスタッフたちとパイナップルの写真をのせ、「私たちは、ピザに乗せたパインが好き、特に台湾のパインだ!」と書き込んだ。[9]

(出所: Canadian Trade Office in Taipei (加拿大駐台北貿易辦事處), 2021年3月1日, https://www.facebook.com/CANADATPE/posts/4362254790468317)

日本の場合は、台湾パインの輸入量が急上昇して、今年の購買量が前年比で130%増となると見通される。311大震災十周年ということもあり、謝長廷・台湾駐日代表は、過去十年間、天災が発生した際に日台が助け合ってきたことを、「善の循環」と呼ぶ。[10]今回の「人災」の際における日台間の助け合いも、「善の循環」にほかならない。また、2010年の中国漁船衝突事件後、中国政府が日本にレアアースを禁輸したことを、日本はまだ忘れていないだろう。

 

(出所:日本台湾交流協会Facebook、2021年3月2日、https://www.facebook.com/JiaoliuxiehuiTPEculture/posts/3720310774723255)

台湾に対する国際的応援の背後に、中国による一連の禁輸から生じた豪中緊張の記憶が鮮やかによみがえっていることがあるかもしれない。現に米シンクタンク・ハドソン研究所のRiley Walters氏が自分のツイッターで、「オーストラリアのワインには台湾のパイナップルケーキって最高だ。。。自由のような味だ(Nothing pairs nicely with an Australian wine like a Taiwanese pineapple cake…Tastes like freedom)」と書き込だ。それは、台湾パイナップル禁輸事件を豪州のワインなどの禁輸と結び付け、中国の覇権主義がまた繰り返したことを含意するものである。[11]そして、それぞれ二つの事件に臨んだ台湾政府とオーストラリア政府の毅然とした態度が、国際社会に印象づけているに違いない。

豪州でもパイナップル栽培が行わるにもかかわらず、少量ながらも台湾から輸入しているという。[12]ちなみに、台湾とオーストラリアの間に、すでに2001年に農業協力に関する覚書(「台澳農業與農企業合作備忘錄」)が結ばれているが、今年3月3日、さらに「台豪農業協力執行条項」が調印された。「条項」に基づいて、台湾パイナップルが豪州へ輸出される。[13]今回の事件によって、台豪間の農産物貿易が、政治的な意味合いも帯びたものになっている。

五、危機が転機に

かくして、今回の禁輸事件は、民進党政府にとって難題や危機ばかりでなくなっている。その後の展開を見ると、事件は実にありがたい出来事でもあったように思える。

前に述べたように、北京当局の目的は、民進党の票田とされる台湾南部の農業をやっつけ、「民進党政権は両岸政策を誤っている」という印象を作って民進党政権に泥を被らせることにある、と考えられる。そして、確かに多くの農民が事情を憂慮し、政府に支援を請求している。なお、蔡英文政府の迅速な対応により、台湾パイナップルはいちおう危機を乗り越えた。

いや、危機どころか、事件が台湾の内政と外交の良い転機とさえなった。国際社会の励ましは前述しただが、国内においても、民進党政府は、まさに事件を逆手に取り、国内の結束および政府に対する支持を一段と強めた。

民間シンクタンク・中華亜太菁英交流協会の世論調査(3月9日発表)によると、今回の事件について「問題(誤り)が中国側にある」と考える台湾市民が64.2%と多数を占めることが分かる。[14]先日、台湾政府の対中政策人事が異動したばかりだが、これから関連政策も調整するかどうかは、今の段階ではまだわからない。ただし、パイン禁輸事件を経た現在言えるのは、たとえ台湾政府が(とく経済的安全保障に関する)対抗的な対中政策を打ち出すとしても、社会から多くの支持が得られよう、ということだ。

六、硬軟「相殺」という統一愚策

中国の台湾政策は、よく「硬軟両様」に特徴づけられる。「硬」策は、武力行使の意欲の示唆や恫喝であり、軍事演習や軍用機・艦船による台湾海峡の中間線越えなどが、そのような例である。これに対し、経済的利益の提示や供与などは、「軟」策である。2018年2月に中国国務院台湾弁公室発表した、台湾の企業や個人に対する「31項目の優遇措置」[15]や、2019年11月発表の「26項目の優遇措置」は、人心買収を目的とした「軟」策である。[16]台湾農産物に市場を提供するのも、そのたぐいの政策である。

ほんらい、「軟」策は、相手の警戒を緩め、相手が自分の思う通りに行動してもらうためのものである。もし相手に「軟」策を信じさせ、受け入れてもらえなければ、今度は「硬」策を講じて相手を怖がらせ、「軟」策を受け入れさせる。硬軟両様策をタイミングよく巧妙に駆使すれば、「硬」策が講じられずに済むことも可能である。ただし、下手にすれば、硬軟「相殺」との結果になってしまう。

げんに、中国の軍用機が台湾の防空識別圏(Air Defense Identification Zone, ADIZ)へ頻繁に侵入してくるような事件は、北京当局が「31項目」・「26項目」などをもって示そうとした「祖国の善意」を、ますます台湾市民に信じなくさせている。悪意的行為が「善意」を無効させ、硬軟両様でなく硬軟「相殺」になってしまうわけである。今後、中国政府がふたたび「祖国の愛」を伝えようとして台湾にパイン市場を開放するとしても、もはや台湾人がその愛を信じないだろう。

今回の禁輸事件では、本来「軟」に使われるべき政策ツールは、「硬」の形で使われてしまった。その結果として、「硬」策と「軟」策は効果が相殺するだけでなく、「軟」の政策ツールの選択肢も、今回の事件によって一つ減ったわけである。国台弁をはじめ、中国政府は、統戦工作において自分の手を縛りつつある。このような統一政策を、愚策と言うしかない。

七、結語

中国政府系の『環球時報』の社説(2021年2月28日付)は、台湾はパイナップル輸入停止を政治問題化させたとして、中国は今回の措置を政治問題と結び付けていないと政治目的を否定しながら、「『パイナップル禁輸』なんてカードにさえ当たらない。(中国が)これからどんなカードを切るかを、我々は言う必要もない。民進党当局は一連の悪夢をみろ」、と脅迫がましい語調でコメントした。[17]そこに、パイナップルのみならず、ほかの台湾の対中輸出品も禁輸の対象になるかも、とほのめかされた。露骨な恫喝だ。

習近平政権になって九年近く経ち、中国は、「祖国統一」の旗を掲げ続けている。なお、台湾人優遇政策が次々と発表されてきたなか、台湾人の心は、かえってどんどん台湾海峡の対岸から遠のいていくのだ。

でも、北京当局は、教訓を学ばないようだ。というより、力にものを言わせ、自己の意向を他人に強いる、という覇権主義を、まだ捨てていないのだ。中国と台湾社会の間の心理的なギャップは、おそらく「国家総合立体交通網規画綱要」に盛り込まれ、2035年に「完成予定」の幻の中台鉄道が架け橋になれるものではなかろう。[18]

[1] 〈國台辦:大陸暫停進口臺灣鳳梨是正常生物安全防範舉措〉,《新華網》,2021年2月26日,http://www.xinhuanet.com/tw/2021-02/26/c_1127142979.htm

[2] 〈蔡蘇28日訪鳳梨產地力挺農民 政院喊話回歸貿易討論〉,《中央社》,2021年2月27日,https://www.cna.com.tw/news/aipl/202102270154.aspx

[3] 〈總統府:中禁台鳳梨非善意 不會得台灣人民支持〉,《中央社》,2021年2月26日,https://www.cna.com.tw/news/aipl/202102260174.aspx

[4] 〈影/鳳梨危機 江啟臣:國民黨執政14縣市全力助農民〉,《聯合報》,2021年3月2日,https://udn.com/news/story/120657/5285110;〈力挺果農 國民黨網路行銷近6000斤鳳梨〉,《中央社》,2021年3月2日,https://www.cna.com.tw/news/aipl/202103020081.aspx

[5] 山本吉宣、『国際的相互依存』、頁4-5。

[6] 蔡英文Facebook、2021年2月26日、https://www.facebook.com/tsaiingwen/posts/10157329149836065

[7] 〈新加坡台商訂25噸鳳梨 首批台南出貨〉,《中央社》,2021年3月10日,https://www.cna.com.tw/news/aloc/202103100102.aspx

[8] 美國在台協會AIT Facebook,2021年3月2日,https://www.facebook.com/AIT.Social.Media/posts/10158954397253490

[9] Canadian Trade Office in Taipei (加拿大駐台北貿易辦事處), 2021年3月1日, https://www.facebook.com/CANADATPE/posts/4362254790468317.

[10] 〈311震災10週年 日媒報導謝長廷談善的循環〉,《中央社》,2021年3月11日,https://www.cna.com.tw/news/aopl/202103100402.aspx

[11] Riley Waltersのツイッター、 2021年2月26日、https://twitter.com/walteriley/status/1365304405298458626.

[12] 〈澳洲傳批准6公噸台灣鳳梨進口 當地果商喊話支持國產〉,《中央社》,2021年3月12日,https://www.cna.com.tw/news/aopl/202103120353.aspx

[13] 〈台澳簽署農業合作條款 鳳梨銷澳續攜手產銷荔枝〉,《中央社》,2021年3月3日,https://www.cna.com.tw/news/firstnews/202103030300.aspx; “Taiwan to export pineapples to Australia,” Taipei Times, March 4, 2021, https://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2021/03/04/2003753223.

[14] 〈智庫民調:逾7成民眾贊成促成兩岸對等尊嚴對話〉,《中央社》,2021年3月9日,https://www.cna.com.tw/news/acn/202103090110.aspx

[15] 正式名は「關於促進兩岸經濟文化交流合作的若干措施」である。〈關於印發《關於促進兩岸經濟文化交流合作的若干措施》的通知〉,中共中央台辦、國務院台辦,2018年2月28日,http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201802/t20180228_11928139.htm

[16] 正式名は「關於進一步促進兩岸經濟文化交流合作的若干措施」。〈國務院台辦、國家發展改革委出臺《關於進一步促進兩岸經濟文化交流合作的若干措施》〉,中共中央台辦、國務院台辦,2019年11月4日,http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201911/t20191104_12214930.htm

[17] 〈社評:台當局對”盡菠蘿”想得很多蓋因心虛〉,《環球網》,2021年2月28日,https://opinion.huanqiu.com/article/427QJg4Lfvx

[18] 〈中共中央 國務院印發國家綜合立體交通網規劃綱要〉,中華人民共和國中央政府,2021年2月24日,http://www.gov.cn/zhengce/2021-02/24/content_5588654.htm

助理研究員 / 国防安全研究院非伝統的安全および軍事任務研究所