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ミン・アウン・フラインはタイ国プラユット・モデルでミャンマーの新権力者に?
ミャンマーでクーデター 実権を掌握した軍に抗議(写真:ロイター/アフロ)

2月1日ミャンマー国軍(Tatmadaw)が緊急事態を宣言、総司令官のミン・アウン・フライン(Min Aung Hlaing)氏が軍政府総指揮官に任命された。主都ネピドー、ヤンゴン、マンダレー等の大都市では、突如として通信とインターネットが遮断され、世界はミャンマーで軍事クーデターが発生したことを俄かに察知した。

軍が連邦議会(=国会)開会前を選んでクーデターを発動したのは2020年11月8日の選挙結果への回答であった。アウン・サン・スー・チー女史が所属する「国民民主連盟(NLD)」は、ミャンマー国会で476議席のうち396議席を勝ち取り、83%の得票率をものにし、軍の支持する「連邦団結発展党」(USDP)に大勝した。だが軍とUSDPは政権与党が今回の選挙で不正をしたと頻りに訴えてきた。最終的に軍がクーデターの手段で今回の選挙結果を葬り去ったことは、間違いなくミャンマーの今後の民主的発展の途を破壊するものである。

2020年11月、世界の耳目は米国大統領選挙に集中し、選挙後のミャンマー政局がまだ水面下で事態進行中であったことを見逃してしまった。選挙に勝ったNLDは大勝利に有頂天になっている間、軍がクーデターを起こす可能性を完全に軽く観ていた。政権与党のNLDは、この数年ミャンマー経済が大幅に成長してきたこんな時期に、軍がクーデターを起こすなど信じたくなかったのだ。

世界銀行のデータによれば、この元々世界最貧国の一つであったミャンマーは、2017年に国民総生産が670億ドルに上った。これはおよそベトナムの3分の1だった。但し過去7年間、国際通貨基金(IMF)のレポートによると、ミャンマーの年平均GDP成長率は7%に達した。2019-20年は新型コロナ肺炎の影響を受けて、経済成長率が4.3%まで落ち込んだものの、軍政時代と較べると、あらゆる経済成長数値が、ミャンマーの有権者に実感を持たせ、与党のNLDを2020年の選挙で大勝へと導いた。

米国、英国、日本、国連及びEU等の首脳は、アウン・サン・スー・チー女史の安否、そして与党から野に下ったNLDの政治家が何らかの弾圧を受けないか懸念し始めている。米国ホワイトハウスのサキ(Jen Psaki)報道官は、ミャンマー国軍が一連の動きをやめなければ、米国はこれら責任を負うべき者に対し行動を起こすと表明。英国ジョンソン(Boris Johnson)首相はミャンマー国軍がクーデターを発動したことを批難し、拘束者の釈放を要求、アウン・サン・スー・チー女史は不法に監禁されていると訴えた。日本の茂木敏充(Motegi Toshimitsu)外務大臣はミャンマーの民主化を強く支持するとし、軍政府に速やかに民主を回復するよう呼びかけた。国連のグテーレス(Antonio Guterres)事務総長はミャンマー国軍の行動は民主改革に対する深刻な打撃だと批難した。EUのミシェル(Charles Michel)大統領はミャンマーのクーデターを批難、軍に不法に拘束した人々を釈放し、選挙結果を尊重して、民主化の軌道に戻るよう呼びかけた。

西側民主主義諸国の厳しい非難に較べ、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟諸国は今回の軍事クーデターを批難していない。ASEAN加盟国の輪番議長国(ブルネイ)が4項目の声明を出し、ミャンマー新政府に『ASEAN憲章』(ASEAN Principle)を遵守するよう要求しただけだ。4項目とは、1.ASEAN加盟国はミャンマー連邦共和国の現下の事態の推移を密接に注視している。2.我々は民主的原則、法治と善政、人権と基本的自由の尊重と保護を堅持することを含めて、『ASEAN憲章』に所載の理念と原則を振り返る。3.我々は、ASEAN加盟国の政治的安定が平和で、安定し繁栄したASEAN共同体にとって死活的に重要であることを繰り返す。4.我々はミャンマー国民の願いと利益にのっとった対話、和解及び正常回復を奨励する。

ミャンマーは正に民主と権威とがせめぎ合う落とし穴に落ち込みつつある。10年間の自由選挙と市場開放を経験し、都市に住む優秀な若者または中産階級は正に民主と経済成長の果実を享受し、テレビとインターネットで外の世界と繋がっている。彼らの父や兄が嘗て軍政によって長期間弾圧されたこと、制裁を受けて鎖国していたために経済がしぼんだことを忘れたかのようだった。あっという間に、軍事クーデターと緊急事態がミャンマーを過去に引き戻した。

2017年にミャンマーのラカイン(Rahkine)州で民族虐殺と衝突が勃発し、数十万のロヒンギャ族がバングラデシュに逃げ出した事件で、西側諸国と、アウン・サン・スー・チー女史の率いるミャンマー政府との関係が急速に悪化、ミャンマーは中国の一帯一路政策(BRI)のインフラにより一層依存するようになった。例えば、36億ドルを費やした中国資本の「ミッソン・ダム」は周辺住民の長期に亘る抗議を引き起こし、その後工事は中止、幾度もの交渉を経てもまだ再開を果たしていない。2018年ミャンマーと中国は「中国・ミャンマー経済回廊」(CMEC)の覚書に調印し、中国から40にも上るプロジェクトが提示されたが、ミャンマーは9プロジェクトに同意しただけだ。この9プロジェクトのうち、「ミッソン・ダム」、「中国・ミャンマー経済回廊」及び「チャウピュー港」(Kyaukpyu)開発計画、これは即ちミャンマー南西のラカイン最大の遠洋深水港計画で中国~ミャンマー原油パイプラインの起点になるものであるが、この3プロジェクトのみが公開確認されている。

中国はミャンマー与党のNLD、野党のUSDP、及び国軍の何れに対してもコンタクトがあり尚且つ影響力を持っている。とりわけ憲法で4分の1の議席が約束され、ASEAN諸国の中で唯一、中国製の航空機、戦車及び装備品を大量購入し使用する軍の勢力に対して。

今回の軍事クーデターには多くの要因があるが、若しも中国政府の「黙認」がなければ、軍はこの時期にクーデターを発動することは難しかったのではないか。中国外交部長(注:副報道局長)の汪文斌氏は次のように発言している。「中国はミャンマーの友好的隣国であり、ミャンマー各方面が憲法と法律の枠内で対立を妥当に処理するよう望む」。

事態把握が最も遅れたのは恐らく米国大統領のバイデン氏だろう。2月2日に米国務院はミャンマーで軍事クーデターが発生したことを正式に認定し、当面は援助を停止するとした。バイデン氏の政権チームは、あるいは中国に対し、欧州に対し、中東情勢に対し比較的理解があるだろうが、ミャンマーの軍事クーデターがもしかするとバイデン氏の安全保障チームが最初に向き合うべき国際的外交問題かも知れない。

ミャンマー軍政府は西側諸国の経済封鎖を少しも気にしていない。なぜなら中国西南の国境地帯に隣接しているので、米国等の西側諸国から封鎖されれば、ミャンマーは自然と中国に接近する。それは米国にとって決して喜ばしい事ではない。若しもバイデン氏が慣例通り経済制裁を発動すれば、軍政府は矛を収めるだろうか?米国が経済封鎖を打ち出し、米国が援助をミャンマーから引き上げることは、シンガポール等の国も引き上げることを意味するのだろうか?他の国の資金は米国が引き上げるのに乗じてミャンマーに流入するだろうか?ミャンマーに経済封鎖をすれば、可哀想なのは庶民だけで、軍政府にとっては痛くも痒くもない。

https://asia.nikkei.com/Economy/Myanmar-s-FDI-rush-recedes

アウン・サン・スー・チーは、あるいは徹頭徹尾、軍政府に利用された「人権民主のスター」なのかも知れない。なぜならばアウン・サン・スー・チーの高い人気にあやかりさえすれば、西側がミャンマーに目を向け、経済成長の波をもたらしてくれるからだ。しかしアウン・サン・スー・チー女史は軍政府がロヒンギャを虐殺した罪を擁護した時、国際人権団体から批難を浴びた。ミャンマーの民主政治の発展において、アウン・サン・スー・チー女史は非常に貴重な精神的象徴を演じたが、政権に就いた後は軍人の操る政府システムを変革することができなかった。アウン・サン・スー・チーの輝きは歴史的記憶にのみ残され、NLDの若い世代と政治リーダーが、アウン・サン・スー・チーに取って代わり、ミャンマーを率いて引き続き前進することができるのかこそ、注目すべき焦点である。

嘗て国際的民間社会運動団体はミャンマー軍政府に手紙を書くという手法で、政治犯が不公平な扱いを受けていることに関心を示した。国際選挙監視団も「ミャンマーよ、クーデターを中止し、選挙法廷に彼らのなすべき事をなさせよ」との共同声明を発し、国軍にクーデターの中止、憲法と選挙法で与えられた「選挙法廷」での紛争解決を希望している。USDPが投票不正事項を提起したように、これはあらゆる政党が選挙結果に疑問を呈することができる合法的権利だ。ミャンマーの選挙管理委員会(UEC)も既に287件の投書を受け取り、そのうち174件が有効な投書で、調査が進行中だ。

但し、クーデターは既に発動されており、これらの措置では抑々クーデターを中止させることができない。

今回の軍事クーデターの持続時間と鎮圧強度はまだ観察してみないと判らないが、軍政府には今後3つの選択肢があるはずだ。第一は、国際的圧力に耐えきれず、だがやはり選挙不正の名目で、自由選挙の日程を前倒しで宣言し、軍に引き際を与えること。第二は、国際的圧力に耐えるため、国内に対して嘗てのような武力鎮圧のモデルを採用、NLDの若い世代の政治人材を排除するか若しくは取り込んで、積極的にUSDPの勢力を培養、1年後に改めて選挙日程を宣言し、引き続き政党の背後に隠れて、4分の1議席による政治的影響力を維持すること。第三は、ミン・アウン・フライン総司令官がそのまま軍服を脱いで、自分の政党を立ち上げ、在野のUSDPはもう相手にせず、タイのプラユット(Prayut Chan-o-cha)首相のモデルに倣って、軍事クーデターから政党指導者に鞍替えすれば、4分の1の軍人議席も加え、連邦議会で多数党の指導者となって、政権を握り続けるのに充分であること。

1988年8月8日に始まった「8888民主運動」から2007年の「袈裟革命」(又はサフラン革命Saffron Revolution)までが、ミャンマーの自由民主選挙が創設される契機となった。2021年の軍事クーデターはミャンマーの政治の行方に新たなチャンスをもたらすのか?隣国のタイでは、若い世代が不服従運動を発動したが、これがミャンマー民主化を推し進める次の波になるのか?

若い世代がインターネットを使いこなし、一人一人がデバイスを持つセルフメディアの時代に在って、軍メディアの戒厳と管制でこの国を完全封鎖することはほぼ難しい。若い世代が身を挺する気があるのどうか。ネットのキーボード上だけで革命をやるのではなく、ネットの世界から歩み出て、勇敢に軍政に対抗しなければならないのだ。それが我々の将来の観察ポイントとなる。

台湾の政治家がミャンマーの政局の推移に関心を持つべきなのは、ミャンマーが台湾政府の推進する新南向政策の国の一つで、台湾企業のミャンマーへの投資が少しばかり鈍化するかもしれないからではない。クーデターを発動したミャンマー軍政府が、国民の自由投票を経た選挙結果を葬ったことに対し、蔡総統は「民主」、「人権」そして「自由選挙」という普遍的価値を擁護する戦略的高地に立って、適切な時機に批難をするべきだ。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.