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「天国は遠すぎて、中国は近すぎる」:新型肺炎蔓延下の中台関係
2020年3月7日
台湾総統蔡英文が記者会見でコロナウイルス事情を語る(提供:ロイター/アフロ)
台湾総統蔡英文が記者会見でコロナウイルス事情を語る(提供:ロイター/アフロ)

一、中台の近接性から生じた感染症防止の困難さ 

旧暦では、2020年は鼠年(ねずみどし)にあたる。人類の歴史において、鼠は黒死病という疫病を引き起こして、多くの人命を奪った「前科」を持っている。恰も2020年もそのせいで悪い縁起を担うかのように、すでに多くの国を襲った新型肺炎(正式名は「2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患」、英文でCoronavirus Disease 2019, COVID-19)が発生している。2020年3月6日現在、新型肺炎は、世界全体の感染者数は10万145人に上る。中国の感染者数は80718人と最多で、中国以外では韓国が6593人と一番多く、日本は1094人で世界4位となる。

台湾では、3月6日台湾中央感染症指揮センター(新型肺炎対策本部に相当)の発表によると、台湾の感染者は45名で、死者1名となる。患者数対人口比で隣国の韓国や日本と比べれば、台湾の患者数が少ないと思える。現に外国のマスコミでも、台湾政府による新型肺炎の対応の良さが報道されている。[1]

ただし、防疫工作で成果を挙げたとはいえ、それはかえって「実際、台湾が中国の出来事から影響を受けやすい」という客観的な事実を見落とさせがちかもしれない。まず地理的に、台湾海峡の最短距離が130キロしかなく、その近接さは、中国と台湾(つまり台湾海峡の両岸)の間における頻繁な人的往来を可能にする。中国と台湾は、政府レベルでは政治的緊張が続くにもかかわらず、民間のインタラクションが絶えることなく、通婚、教育、宗教などの領域の交流が行われ続けてきた。台湾に定住している中国人配偶者は、34万人以上に達している。中国には、約200万人の台湾人居住者がおり、その多くが労働人口である。また、両岸間の貿易投資が盛んに行われ、経済面では台湾が中国に依存している。[2]こうして、台湾と中国は、有形にも無形にも近いため、いったん疫病が発生すれば、伝染経路が多い。台湾にとって、中国に起源する感染症の蔓延防止は、実に他国より困難なのである。

二、中国の「一つの中国」原則の影響 

(一)台湾がWHOから排除される

さらに、台湾は国交のある国家が15カ国しかないが、非国交国とも積極的な民間交流を行なっているので、国際社会全体とは密接な関係にある。しかし、中国の圧力の下で、台湾の世界保健機関(WHO)への加盟が認められず、総会などの関連会議のオブザーバー参加さえ許されなく、WHOから情報も得られない。そのため、もし台湾に感染症が蔓延し、更に他国へ蔓延する可能性がある。そうなれば、台湾は世界の防疫ネットワークのミッシング・リンクになろう。

その意味で、台湾に世界の感染症に関する議論に参加する正当性がある。しかしながら、台湾は、官民ともにWHO加盟の意思を主張し続けてきたが、WHOから無視もされ続ける。今回の新型肺炎も、台湾はWHO秘書長のTedros Adhanom Ghebreyesusという親中的と見なされる人物の下で、WHOへのアクセスを完全に持たないでいるのである。なお、2月11-12日に行われたWHOの新型肺炎に関する研究会合には、台湾の専門家は、「台湾」でなく「台北」の呼称で、いちおうテレビ会議の形で「出席」したが、それがどれだけ実質的な意味があるかは疑わしい。[3]

(二)台湾が中国人嫌悪意識・行為の巻き添えになる

WHOとの関係に関して、台湾はWHOに加盟できないほかに、国際社会から不平等な処遇を受けている。例えば、WHOの「一つの中国」政策に依って、イタリア政府は今年1月31日に、中国、香港、マカオに加え、台湾からの入国も禁止した。2月1日、ベトナム政府も、台湾からの入国禁止を発表した。同月10日、フィリピン政府も「一つの中国」政策に基づき、11日以降フィリピン人またはフィリピンに永住権を持つ外国人を除いて、台湾からフィリピンの航空便に搭乗する外国人の入国を禁じる命令を発表した。

新型肺炎が台湾人にもたらした悪影響は、健康への脅威または旅行のような物理的な移動の不便だけではない。世界中に高まりつつある「中国嫌悪」の感情も、台湾人が直面せざるを得ない挑戦である。フランスの地方紙の「クーリエ・ピカール」(Courrier Picard)には、過去の「黄禍論」(yellow peril)とも連想させる「黄色いアラート」(alerte jaune)との表現が見出しに使われており、[4]「ウォール・ストリート・ジャーナル」(Wall Street Journal)のコラムには、“China Is the Real Sick Man of Asia”という差別的な含みをもったタイトルの文章が堂々と飾っている。[5]それに、差別は、マスコミの嘲笑から物理的な攻撃へとエスカレートし、例えばイタリアを観光中の中国人が地元の人に唾を吐き掛けた事件が起きた。[6]

こうした中で、台湾人も海外で中国人差別の巻き添えになった。例えば、ロシアの台湾人留学生が公的な場所で罵られたり、殴られたりする事件が発生した。[7]なお、こういった差別事件を受け、海外旅行をする際「私は中国人ではない」と周囲の人が分かるべく、自分の服やリュックや荷物に「I am from Taiwan.」と書いたバッジや貼り紙を付ける、と対策を練った台湾人も出でいる。

三、中国は「一つの中国」のレンズを通して台湾を見る:「以疫謀独」

新型肺炎の世界的な蔓延のなか、台湾が国際社会において理不尽な処遇を受けているのは、前述の通りである。実際、中台関係に絡んだ防疫政策において、台湾はなおさら困難を免れることができなかった。

台湾政府は、中国にいる台湾人を帰国させる作戦にあたり、北京当局の「一つの中国」原則の下で、他国の事例に類を見ない困難を経験している。例えば、日本政府が中国にいる日本人を救出するため、全日空の旅客機をチャーターできるのに対して、北京当局は、台湾政府が台湾のフラッグ・キャリアたる中華航空(China Airlines)のチャーター便の使用を許さなかった。香港政府でさえ香港人の救出に国泰航空(Cathay Pacific Airways)のチャーター機が使えたにもかかわらず、である。

それは、中国政府は、中華航空による台湾人帰国を「国際事務」扱いと見なされることを警戒し、中国にとって台湾人の撤去が「一つの中国」原則下の「国内事務」でなければならない、と考えるからである。そのせいで、最終的に台湾政府が譲歩して中国の「東方航空」を使わざるを得ない運びとなった。

なお、台湾のWHO加盟要請や中華航空便の派遣などは、言うまでもなく、中国政府にとって決して快しとしない。現に中国国務院台湾事務弁公室は、台湾が新型肺炎の蔓延を機に国際空間の拡大を目論んでいると考え、それを「以疫謀独」(「疫病対応を口実に台湾独立を企てる」)の行為と非難している。[8]

ちなみに、2月9-10日、中国政府がH6爆撃機とJ11戦闘機を台湾を周回飛行させ、10日に台湾海峡の中間線を越えた。それは、おそらく頼清徳・次期台湾副総統の訪米(2月2-9日)を狙った行動だろうが、上述の「以疫謀独」に対する抑止も目的とも思える。

四、台湾の防疫成果と国内的・国際的評価 

邦人救出のような、場合によって妥協・譲歩も必要な両岸間の協商事案とは対照的に、台湾国内の防疫は、蔡英文政府が強いイニシアティブを発揮している。新型肺炎が爆発して以来、危機感に駆られた蔡政府は、「早期配置」(中国語で「超前部署」)の方針を決め、WHOの情報発表を待たずに肺炎の流行を自ら見極めて、迅速かつ早めな対応を取ってきた。例えば、中国人の入国を拒否・制限し、医療用マスクの売買管理にあたって、輸出禁止や徴用や実名制での購入など次々と手を打って、マスク不足の混乱を避けた。そして、2月25日に、立法院(国会に相当)が新型肺炎の感染拡大防止や経済振興に関する特別条例を通過し、同日総統府で公布した。[9]

台湾政府による肺炎対応の効率の速さ・良さは、国内だけでなく国際社会からも称賛を博した。韓国の『週刊朝鮮』は、「中国を封じ込もう―台湾に鑑みて」をタイトルに、韓国より1か月も早かったマスク輸出禁止令や、中国からの入国の禁止などの、台湾の防疫政策を紹介して称賛し、「指揮官の能力が、台湾と韓国の差をつけた」、と結論を出した。[10]また、日本のオンライン・メディア「AERAdot.」の報道によると、台湾が1月15日という早い段階で新型肺炎を法定伝染病と指定し(日本政府が「指定伝染病」と決めたのは1月28日)、台湾が2月の初頭に小中高校の休校延長を発表した(日本政府の発表は2月27日)ことなどを指摘し、いずれも日本より防疫の先手を打っており、「日本は、感染症の流行対策について台湾に学ばなければならない」とたたえた。[11]

蔡英文政権の防疫工作は、台湾社会から大いに賛成・支持されており、それも支持率にはっきりと反映されている。(民進党寄りと見なされる)台湾民意基金会の2月17、18日に行った調査によると、94%が政府の中央感染症指揮センターのパフォーマンスが「及第点がつけられる」と考え、その中で80点以上をつける人は75%もいる。また、支持率は民進党が41.4%となり、国民党の12.5%を遥かに超えた。[12](国民党寄りと見なされる)「TVBS」テレビ局による調査(2月下旬)では、82%が蔡英文政権の防疫政策を支持する、という結果を出した。[13]

それに、民進党政府の支持率が上昇したほか、台湾社会は、台湾人としてのアイデンティティも強化した。世論調査では、自分が「台湾人だ」と考える台湾市民は85%に上る。また、「台湾が国際会議に参加するにあたって、どの呼称がいいか」という設問に対して、「台湾」と答えたのが46.7%で、「中華民国」の17.4%を超えた。[14]新型肺炎は、台湾全国を新型肺炎キャンペーンの旗の下に集結させている(rallying under the flag of “Fighting COVID-19” )、といえよう。中国軍機による台湾周回飛行は、明らかに逆効果を生じた。それは、どんどん台湾社会を、独立志向の民進党政府に回すことになった。

五、結語

新型肺炎は、ますます世界中に猛威を振るっており、まだまだ収束の日を見ないでいるようである。台湾の患者数が、国際的にはまだ多くはないが、増えつつあるのも実情である。きたる清明節(4月4日)あたりに現れうる在中国台湾人の帰省ラッシュが、大きな挑戦となろう。

また、新型肺炎が日本や韓国といった隣国で急速な蔓延するなか、台湾は、国内防疫と国際関係を総合的に考えれば、どう対応すべきか。目下、国内防疫のためには水際対策が必要であるが、今後、自国需要が満たされた場合、マスクなどの防疫物資の寄贈は、台湾の国際関係のためになろう。蔡英文政府は、どのような形で国際社会へ貢献できるかを、そろそろ検討していい。

新型肺炎によって、蔡英文政府に「因禍得福」(災いが幸いの原因となる)という側面もあるかもしれない。国際面では、国際社会は「台湾は中国と別の国だ」という事実を認知させられた。

台湾、韓国、日本は、いずれも地理的に中国に近い隣国であるため、国際政治だけでなく、感染症なども含めて、中国からの影響を免れない。日本・韓国・中国の間に保健大臣会合が行われているにもかかわらず、中国発の新型肺炎は国境を知らないのである。恐らく、いま中国の隣国たちは、「天国は遠すぎ、中国は近すぎる」というベトナムの名言の意義に、強く同感しているところではないか。


[1] 西岡千史、「新型コロナ“神対応”連発で支持率爆上げの台湾 IQ180の38歳天才大臣の対策に世界が注目」、AERAdot.、2020年2月29日、https://dot.asahi.com/dot/2020022800078.html。藤重太、「「日本とは大違い」台湾の新型コロナ対応が爆速である理由」、President Onlinehttps://president.jp/articles/-/33332

[2] 台湾の輸出はGDPの6割を占める。その中で、対中輸出が輸出全体の4割を占める。

[3] 「WHO會議 我以Taipei名義參加」、『自由時報』、2020年2月11日、https://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/1351168

[4] “Coronavirus: French Asians hit back at racism with ‘I’m not a virus’,” BBC, January 29, 2020, https://www.bbc.com/news/world-europe-51294305.

[5] “China Is the Real Sick Man of Asia,” Wall Street Journal, February 3, 2020, https://www.wsj.com/articles/china-is-the-real-sick-man-of-asia-11580773677.

[6] 黄雅詩、「義大利疫情引仇華暴力 台僑領建議小心少出門」、『中央社』、2020年2月26日、https://www.cna.com.tw/news/aopl/202002260409.aspx

[7] Ching-Tse Cheng, “Taiwanese attacked in Russia as Asian-phobia ramps up,” Taiwan News, February 7, 2020, https://www.taiwannews.com.tw/en/news/3872976.

[8] 「台灣參與世衛 國台辦:以疫謀獨絕不會得逞」、『中央社』、2020年2月6日、https://www.cna.com.tw/news/acn/202002060167.aspx

[9] 「《武漢肺炎》蔡英文公開簽署特別條例 展現朝野一致抗疫決心」、『自由時報』、2020年2月25日、https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3079623

[10] 「武漢肺炎/韓媒以蔡總統為封面 讚陳時中能力造就台韓不同」、『中央社』、2020年3月4日、https://www.cna.com.tw/news/firstnews/202003040422.aspx

[11] 西岡千史、「新型コロナ“神対応”連発で支持率爆上げの台湾 IQ180の38歳天才大臣の対策に世界が注目」、AERAdot、2020年2月29日、https://dot.asahi.com/dot/2020022800078.html?page=1

[12] 呂伊萱、「民進黨支持度創新高41.1% 國民黨跌至12.5%比2016還慘」、『自由時報』、2020年2月24日、https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3078042

[13] 李鼎強 藍于洺、「TVBS民調!政府防疫滿意度達82% 提升11%」,TVBS,2020年2月27日,https://news.tvbs.com.tw/life/1283673

[14] 林朝億、「民調:武漢肺炎重創 國民黨支持度崩盤僅12.5%」、『新頭殻』、2020年2月24日、https://newtalk.tw/news/view/2020-02-24/371439

王 尊彦
助理研究員 / 国防安全研究院非伝統的安全および軍事任務研究所