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中国は石破首相をどう見ているか?
発足した石破内閣(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
発足した石破内閣(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

習近平国家主席が石破首相に祝電を送ったのは毎回のことなので特記するほどのことではない。中国政府側メディアは内政干渉になるとして評価はしないが抗議はする。それらを含めて中国が全体として石破首相の誕生をどう思っているかに関して考察を試みる。

 

◆習近平国家主席の石破首相に対する祝電

10月1日、習近平国家主席は石破茂首相に祝電を送り、日中は一衣帯水の隣国であると指摘した上で、「両国が平和共存、永遠の友好、互恵協力、共同発展の道を歩むことは、両国国民の基本的利益にかなう」と述べた。また「日中間の4つの政治原則と合意を遵守し、両国間の戦略的互恵関係を包括的に推進し、新時代の要求に沿った建設的で安定的な日中関係を構築することに尽力することを期待する」とも表明している。

岸田(元)首相就任の際も、それ以前の日本の首相が就任した際にも送っている祝電で、目新しいことではない。

李強国務院総理も同日、石破首相に祝電を送っている。

中国は全ての国に対して、同様のことをしている。

 

以下に示すのは、主として民間のウェブサイトに見られる膨大な情報の中から抽出した主だった見解である。

 

◆「タカ派の高市氏でなく、親中の石破氏で良かった」と中国のネット民

石破茂氏は中国では「親華派」(親中派)と見られることが多い。自民党議員でありながら常に自民党に反旗を翻してきたからだ。特に麻生氏や安倍元総理に対しては「背後から刺す」行動を取ることが多かったので、麻生氏や安倍氏を「アメリカ追従の軍国主義者」と見ている中国では、石破氏は「最終的には中国の味方」的な感覚を、全体としてフワーっと持っている。

一方、高市早苗氏は、根っからの強烈な右翼だと見ている中国のネット民は多く、特に今般の自民党総裁選挙運動のときに「総裁に就任したら(→総理に就任したら)、靖国神社に参拝する」と明言したので、「どんなことがあっても高市氏には総理になってほしくない」という書き込みが中国のネットで数多く見られた。

だから、そのような人物を総裁に選ばなかった自民党は、全体としてはやはり「親中」に傾いていると安堵しているという側面がある。

この一連の情報の中で「おや?」と興味を引いたのは以下のような見解だった。

 ●なんで石破が日本国民に人気があったか、ようやくわかったよ。日本国民は自民党にしか任せられないと思っているのが多いだろ?でもその自民党に不満を持っている。だから、野党ではないけど、自民党に弓を引く石破が人気だったのかもね。

 ●でもさ、総理になったら結局「古い自民党」に戻っただけだろ?だから総理になったとたん、「嘘つき内閣」って呼ばれて、今は日本国民に嫌われてるようだよ。支持率だって、歴代総理の中で下から二番目の支持率の低さ。一番低いのが麻生総理で、その次に低いのが石破だよ。短命政権に終わるんじゃない?(中国のネットからの引用はここまで)

 

ここに挙げた中国ネット民の最後の主張は、その通りだと思う。

総裁選の選挙期間中は、あれだけ「すぐ解散」には反対だという趣旨のことを、さまざまな表現を使って主張してきたではないか。小泉進次郎氏が主張する「すぐ解散」を何度も否定し、「せめて予算委員会を開催したあとでないと、国民には自民党が何を主張しているかを理解してもらうのは困難だ」と言いながら、小泉氏の主張した通りのことをやっているではないか。

日本国民が石破内閣を「嘘つき内閣」と呼ぶのは当然だと思う。

当選した瞬間に、ここまで前言を翻(ひるがえ)す総理は見たことがない。

何一つ信用できない。

個人的感想は控えなければならないが、しかし、こればかりは言わずにはいられないので、お許し願いたい。

 

◆「石破は総裁選の前に台湾を訪問していることに警戒せよ」と中国のネット民

さて、中国側の見方の話に戻る。

「石破は親中」と書いているネット民に対して、一方では「何を単純なことを言っているんだ」という他のネット民の反論も数多く見受けられる。

理由の一つとして、石破氏ら日本の国会議員団が8月に台湾を訪問し、石破氏が8月13日に頼清徳総統と会談したことを挙げている。これに関してはネット民だけでなく、中国大陸の外交部など、中国政府は、「台湾独立派を激励するもの」として激しく抗議を表明している。

その意見に賛同するネット民は、「総裁選のための人気取りに決まってるじゃないか」というのが多く、「日本では台湾を支援していない政治家は生きていけないんじゃないか?」という類のもある。

 

◆アジア版NATOには中国全体が反対

岸田元総理は、バイデンべったりだったので、バイデンのご機嫌に沿うためにも「(西側の)NATOのアジア化」に専心した。中国はもちろん激しく抗議してきた。

今回、石破氏が唱えるのは「アジア版NATO」で、少しニュアンスが異なる。日米同盟は重視するものの、日米地位協定などを改正して「日米が対等」になる形に持っていき、むしろ日本が中心になって周辺諸国に呼び掛けてアジア版の軍事同盟的なものを形成していこうというのが石破氏の主張だ。

これに関してはアメリカも肯定的でない。

中国政府は言うまでもなく「アジア版NATO」には絶対に反対で激しい抗議を示している。そもそもASEAN諸国などが、こういった形で白黒つけて米中のどちら側に立つかを示すことを最も嫌がっているのに、それをやろうというのだから、日本人から見ても非現実的だ。

結果、中国全体としては石破政権がこのまま進むことに対して喜んではいない。

しかし高市氏なら総理になったとたんに靖国神社に参拝するだろうから、それよりは「まだマシか」というのが中国全体の見方だ。

いずれにしても、自民党である限り、誰がトップに立とうと大差ないと中国は思っている。

 

◆総理になって3日目に検挙?

10月3日、中国大陸のネットを見ていて驚いた。

いきなりスクープのように、次から次へと「石破氏、総理になって3日目に検挙?」という文字が躍った。

その一つ一つをリンクさせるのは大変なので、関連情報をひとまとめにしたリンク先を示す。興味のある方は、リンク先をご覧いただきたい。

日本ではニュースになっていなかったので、驚いて日本のネットに戻ってみたところ、共同通信が<石破首相らを大学教授が告発 収支報告書に過少記載の容疑>と書いているのを知った。「告発」を「検挙」と表現していただけのようだ。それにしても「裏金議員」を自民党公認候補に入れるか否かを議論しているときに、石破氏自身が金額は少なくても「収支報告書に過少記載」があるのでは話にならないだろう。

このニュースを、こんな凄いスピードの速報の形で伝えている中国は、石破政権が短命で終わることを望んでいるのかと、そのことが興味深かった。

 

◆高市氏はなぜ逆転されたのか?

もちろん投票前に「総理になったら靖国神社に参拝する」と公言してしまったことが、心の中では親中派の多い自民党議員に警戒心を招いただろうし、公明党との連立が困難になるだろうから、解散選挙などがあったときに自民党が勝てない(=自分が当選できない)かもしれないと懸念した議員が多かったのだろうということは容易に想像がつく。また日本政治の専門家たちが指摘しておられるように、万一にも決選投票に持ち込まれた時には「〇〇に乗れ」といったキングメーカーの指示もあったのかもしれない。

ただ、筆者自身の感覚から言うと、決選投票の直前までは高市氏が議員票においても石破氏を大きく引き離していたので、こういった説明には、なにか納得がいかないものを個人的には感じていた。

筆者個人の少ない経験からすると、「3分間で答えてください」という要求をテレビやラジオあるいは講演などで要求された場合、「3分以内に回答する」ということを瞬時に計算して起承転結を構成することは、何としても守ってきた鉄則のようなものだった。

総裁選の第1回目の投票が終わった後に、「5分間」、石破氏と高市氏にスピーチをすることが許された。「ここが勝負だ!高市さん、頑張れ!」と息をのむような緊張感の中で二人のスピーチを聴いた。

石破氏の場合、いつもの陰湿で低い声の受け答えと違い、はっきりと大きな声で明確に「自分が総裁になったら何をする」ということを、起承転結を考えて5分以内言い切った。

それに対して、期待した高市氏は、歴代の総理に感謝するという趣旨のことに時間を使い、「自分が総理になったら、必ずこうする!」という強いメッセージがないまま時間オーバーになってしまった。司会者から制限時間が過ぎたことを告げられた高市氏が最後に放ったひとことは「公明党との協力」だった。

ああ、だめだ・・・。

勝負があったな・・・。

高市さんともあろう人が、あの人生の全てを懸けたはずの「5分間」を自ら殺してしまったのではないか・・・。

敗北会見で高市氏は「私の力不足以外の何物でもない」という趣旨のことを仰っておられたように思うが、力不足は、あの最後の「5分間」だったように思う。

 

自民党の中には右から左まで、どんな人でもいる。自民党機関誌で中国問題を長いこと連載させていただいたり、自民党本部で数多くの講演もさせていただいたが、もう自民党一党だけで日本の左翼も右翼も代表できるほど、非常に幅広く網羅していると痛感したものだ。

それに比べて野党は、やたら細かな主張の違いにこだわって別の党を結成している。これでは野党は勝てない。自民党政治が長続きする裏には「旧統一教会」や裏金の「お陰」もあったかもしれないが、むしろ、この「政治的スタンス」に関する「幅の広さ」あるいは「寛容さ?」にあるのかもしれないと、つたない経験ながら思う次第だ。

追記:念のため、習近平国家主席は2021年10月4日に、岸田首相が就任した時にも岸田首相宛に祝電を送っている。 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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